人魚姫はいま

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「ああっ、ああっ、ああっ」  ラースは首を左へ、右へとふり、身体をつっぱらせ、もがいた。すでに彼のまわりの海水は、まっ赤に染まっている。  まるでサメだ。足首から先はなくなり、すねにその歯がおよぶ。次に、ひざ。さらには情け容赦なく、ふとももまでが食いちぎられていく。  ラースはあまりの痛みに、失神することもできず、いまやただ脱力感にとらわれ、うめくばかりだった。  赤く染まった海面から、突然老婆が頭を出した。あごを動かし、くちゃくちゃと肉と骨を咀嚼(そしゃく)している。  老婆はラースを見て、ニヤリと笑った。  咀嚼(そしゃく)し終わったものを呑みこむと、桟橋(さんばし)に手をかけた。思いがけない身軽さで、海から上がる。上半身はしわだらけの人間の老婆の姿。下半身は巨大な魚の尾ひれ。まぎれもなく人魚だ。  老婆が、頭上からラースに語りかけてきた。 「あんたのDNAはもらった。これが人魚のはらみかたなんだよ。悪く思わないでおくれ。おかげで、ほら、あたしのおなかには、もうあんたとあたしの子が……」  ラースはふらふらと頭を持ちあげ、老婆を見あげた。  桟橋の端に腰をおろした老婆が、しわだらけの手で、自分のおなかをさすっている。そこには確かに、子をはらんだふくらみができていた。そして、そのふくらみは、ひと呼吸ごとに、大きくなっていくのだった。                              〈了〉
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