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後編 教室のルリ先生
夕方の教室。
生徒は全て帰宅した後であり、窓からは赤い西日が差し込み、寂しげな雰囲気も漂う中。
岡野ルリは、一人でテストの採点をしていた。本来ならば職員室で、あるいは自宅に持ち帰って行うべき業務だが、こうして自分の受け持つ教室でやるのが、彼女のスタイル。生徒たちも理解してくれており、遅くまで教室に残る者は一人もいない、というのが彼女のクラスだった。
「よし! 今回は、みんなバッチリね!」
採点が進むにつれて、ルリの表情が明るくなる。最近、クラス全体の成績が落ちていたからだ。テストになると教室が重苦しい空気に包まれて、それで生徒が実力を発揮できなくなっている、という噂まで流れていた。
もちろんテストである以上プレッシャーが生じるのは当然であり、それゆえの重苦しさもあったはず。でも、その程度の話ではない、と生徒たちは主張した。
「先生、あれは瘴気ですよ。ほら、ラノベに出てくる魔族が発するような」
とまで言う生徒もいたが……。
あいにくルリは、若者向けの漫画やラノベには詳しくなかった。彼女が関心あるのは、現実に存在するかもしれないオカルト関連であり、完全なフィクションの世界には、あまり興味がなかったのだ。
しかし、生徒から『瘴気』と言われた時、彼女にはピンと来るものがあった。
「もしかして、霊的な理由なのかしら?」
今、採点を続けていたルリの手が止まる。
次の答案は、名前すら書かれていない、全くの白紙だったからだ。
「これは……」
顔を上げるルリ。そこには、複雑な表情が浮かんでいた。
そのまま、教室の隅の机に視線を向ける。机の上には、花瓶と一輪の花。
「安田くん……」
その席だった生徒の名前が、自然と口からこぼれた。
安田は、ほぼ毎回トップというくらいの成績優秀者であり、明るくて気立ても良い生徒だったが……。数ヶ月前、休み時間に道路へ飛び出して、車に轢かれて早逝したのだった。
「……やっぱり、あなただったのね」
思えば、クラス全体の成績不振は、安田の事故と同じ頃に始まっていた。彼の死を悲しんで勉強が手につかない生徒は、ゼロではないとしても少なかったはず。それよりも、瘴気と言われるほど教室の空気がおかしくなるのは、成仏できない安田が悪霊となって漂っているせいなのではないか……。
そう思ったルリは、年下の従姉妹に相談したのだった。
もともとルリが霊的なものを信じているのは、一族の先祖に霊能力者がいたからだ。ルリ自身の霊能力は皆無だが、その従姉妹は、強い霊能力を持っていた。隔世遺伝であり、生まれつき髪が茶色なのも、その証なのだという。
彼女が、数日かけて学校周辺を調べた結果、
「おそらく、その生徒なのだろうね。確かに一人、成仏できずに学校へ通い続けている幽霊がいるよ」
という報告を持ってきて、さらに、解決策まで提示してくれた。
「学業が自慢の生徒だったんだろ? ならば、テストで満足させてやるのがいいんじゃないかな。テストになると教室の雰囲気が悪くなるのは、その時だけ、彼の悪霊化が強まる証。その辺りに、未練があるんだろうね」
安田は、自分が死んでいると気づいていないのではないだろうか。ならば、机の上に追悼の花瓶があったり、答案用紙が配られなかったりするのは、イジメられていると思っているに違いない。そこを何とかすれば、問題は解決するはず。
それが、従姉妹の考えだった。
そして今日。
言われた通り、テストの時間には花瓶をどけて、彼の分の答案用紙も用意した。花瓶は今、机の上に戻っているが、それは彼の死を悼む気持ちで、テストが終わってから改めて置いたものだった。
そう、ルリの中には確かに、彼の死を悼む気持ちはあるのだ。
しかし、
「安田くん……。もう、あなたは死んでしまったの。申し訳ないけど、あなたの居場所は、ここではないのよ」
いくら生前は優秀な生徒であっても、死後、他の生徒の邪魔をするならば、もはや悪霊だ。ルリはクラス担任として、生きている生徒を守る義務がある。
安田を成仏させることは、安田自身のためだけでなく、他の生徒のためでもあり……。
クラス全員の点数を改めて眺めながら、ルリは満足そうに呟く。
「悪霊との戦いに、ようやく私は勝ったのね」
(「いつもテストは俺が勝つ」完)
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