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気がつくと、少年は見知らぬ草原を歩いているのだった。青い空には一面の星がまたたき、そよ風はどこからか美しい旋律を運んでくる。
あたりを見わたせば、他にも人の姿があった。スーツを着た会社員、派手なドレス姿の女性、パジャマのお年寄り。それぞれ、のんびりしたようすで歩いている。少年は自分の服装を見下ろした。いつもの格好だ。愛犬のラッキーと、散歩に出かけたときのまま……。
少年はハッと顔を上げた。前方の緑の中を、茶色い塊が駆けてくる。
「ラッキー!」
それは確かに少年の犬だった。ふところに飛び込むと、湿った鼻づらを少年の腹にこすりつけて短い尾を振りまくる。それから嬉しげに吠えた。
「会いたかったワン!」
「お前、しゃべれるの」
目を丸くする少年を、犬はまっすぐ見つめ返した。曇りのない瞳を見ているうちに驚きはおさまり、一つの理解が少年の心に浮かび上がった。
「ぼくら、死んじゃったってこと?」
「散歩中に、火の玉が落ちてきたワン」犬は訳知り顔にうなずいた。
「一瞬のことで、苦しむヒマもなかったワン」
隕石、それとも爆弾? 何が落ちてきたのかと思うが、犬は全く気にしていないようだ。寄せられた頭を撫でてやると、少年の気持ちも落ち着いてきた。
「ここは死後の世界なんだね。これからどうなるんだろう」
「もちろん、転生するワン」
「転生。どうやって?」
犬は後方に鼻先を向けた。
「向こうで整理券を配ってるワン」
広大な草原の片隅に、人が集まり列になっているようだ。その奥には白く巨大な何か――遠目には扉のようにも鳥居のようにも見える――がある。まわりの人々も、どうやらそこに向かっているらしい。
「ラッキーもあそこに行くの?」
「犬には犬の列があるワン」
答えた犬は尻尾を垂れた。それではここでお別れなのか! 少年は声を上げるとひざまずき、犬を抱きしめた。
「ぼく……転生してもラッキーと家族になりたいよ」
「絶対一緒になるワン」
犬の声にも、涙がにじんでいるようだった。犬が人間のように泣くとすればだけど。滑らかな毛が少年の頬をなで、湿った呼吸が耳をくすぐった。
しばらく身を寄せ合ったあと、ふたりはどちらからともなく離れた。
「またね、ラッキー」
少年は人の列に向かって歩き始めた。振り返るたび、少年を見つめたまま動かない犬の姿が目に入った。
「約束だよ……もう一度、家族になろうね!」
最後にそう叫び、少年は駆けだした。
彼の背中が丘の影にかくれて見えなくなるまで、犬はその場にとどまっていた。それからゆっくり立ち上がり、少年とは違う道を行った。来世の約束を果たすためだ。
歩きながら、犬はひとりごちた。
「まあ、次はお前が犬だがな」
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