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 あまり睡眠を必要としない私たちは、勤めている店が休みである土日、出かけたとしても暇を持て余す。 この街にはたくさんの種類の遊び場があったけれど、二人が二人とも好み、お互い楽しめるようなものは限られていた。  疲れていればもちろん一日中部屋で過ごし、何でもない言葉を交わし、どうでも良いロマンチックを作る。  よりにもよって土曜の真夜中、ふと意識が浮上した私が目にしたものは彼の背中だった。  別に、向かい合って、抱きしめ合って眠ってくれないからと言って、拗ねるようなことはしない。  なんとなく、男性にしては長めの黒い襟足に手を伸ばすと、指で作った輪っかでくくってみる。  思っていたより量のある、太くてしっかりとした髪質は私とは真逆で、寝癖がつきやすそうだ。 それでもいつもサラサラで真っすぐに見えるのは、寝相が良いからかもしれない。  さて。 短いしっぽ、が出来上がった。  ところで、数多いる犬種の中には、尾の短いやつもいる。 以前、何かの記事で読んだのだけれど、先天的に尾の短い犬種は実は多くなく、ほとんどが品種改良によってそのようになったのだと知った。  そして、後天的に尾の短い犬種と言うのは、断尾と言って生後一週間後くらいの時期にしっぽを切ってしまうのだと言う。  まだわかる、と思える理由は「犬の職業」に関連しているものだ。 牧羊犬や狩猟犬などは、仕事の最中にしっぽを踏まれてしまって転倒などしてしまうと、骨を折ったり、羊に衝突してしまってケガをしてしまったりする。 だから、短い方が安全だと言う理由から、断尾するのだと言う。  狩猟犬の方も似たようなことが言える。 狩猟相手との格闘の際に嚙まれたり、踏まれたり、さらに小型の獲物を追いかける場合は森の中で草木などの障害物に引っかかってしまったりすることがある。  いくらなんでもそれはないだろ、と思った理由は「可愛いから」だ。 可愛らしくて高値で売れる、人気の犬種とする為に断尾するのだと言う。  けれど、そんなことを考えつつも、私は指名客と同伴する時、その客が好きだと言ったジャンルの服装に身を包み、望んだ通りの化粧を施す。  やっぱ、私って犬じゃん。  ホスト用語に、「いぬ」と呼ばれるキャストを指すものがあった。 見た目や振る舞いで指名の姫を得ることの出来ないホストは、ヘルプでつけられた卓で酒を飲まされまくると言うものだ。  そうやって、本指名のホストのかわりにボトルを空け、売り上げを上げる役割を担う。  そんなホストを、「いぬ」と呼ぶのだと聞いたことがあった。  ほら、やっぱどう考えても私って、犬でしかない。  こう言う、手持無沙汰な瞬間に、私はいつもどうやったなら彼の脳裏に残ることが出来るだろうと考えることにしている。  ろくでもない記憶じゃなくって。  ありふれていてもいいから。  思わず手に取って持ち帰ってしまう、使い道に迷う癖に。  そんな、淡くくすんだ、不透明なシーグラスみたいな。  目の前に翳しても、向こう側が正しく見えない。  便利な、宝石。  そう言うのに、なりたいな、私。  鳥目なので、上半身を起こして周囲を見渡してもぼんやりとしか物の形がわからない。 視力だって、コンタクトレンズや眼鏡をしていない今、0.1もないだろう。  ふむふむなるほど、そうなると。 私の方は、どうやら簡単に見たくない現実を歪ませることが出来る目を持っている。
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