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逆さまの世界
私は俯いてしまいそうだったので、無理に満面の笑顔を作ってから、パッと中村さんに背中を向けて駆け出した。
海に、つま先をちょこんとつけるだとか、そう言ったおずおずとした清楚な仕草は似合わないとばかりに、バシャバシャとそのまま足首まで浸かる。
冷たい水は、波があまりなくて。
浅い灰色の底は、空と同じ色で。
透明には程遠い、砂を巻き込んで行ったり来たり。
埋まった自分の靴を履いたまんまの足は、見えない。
まるで逆さまの世界にいるみたいだ。
そこではきっと私は、キャバクラ嬢じゃなくて。
中村さんも、店のマネージャーじゃなくって。
二人はただの同棲をしている、時々お台場なんかにデートに来ちゃうカップルで。
そうしたら、どんな思い出が、私たちには増えたのかな。
欲しかったロマンチックはいつだって、夜の色。
それを照らす、埃をかぶったシャンデリアの灯かりで、淡い橙色の靄がかかっていて、真実は正しく映し出さない。
まるで、そう、だから、シーグラスを通して眺める未来。
どっちが、良かったかだなんて、私は断然こっちだけど。
「ねえー!私たちって、仲良しですかー?」
「なんだってー?うたと、俺か?」
「そう!仲良く、やってると思いますか?」
「いいんじゃないの、仲は。うたは、俺のこと大好きだしな」
「…そうですけど。…シーグラスは、落ちてないですね」
「掃除するだろ、こう言うとこは。足、ケガしないように」
見つけたら、あげようと思っていたのに。
視力も良くて、夜目も利く中村さんには、ちょっとは必要だと思う。
見なくてもいいものを、わざと美しいように夢みたいに見せてくれるそんなものがあったら良いと思う。
そうしたら、私が守ってあげられない時にも、絆創膏を貼ってあげられない時も、少しくらいは自分から傷つくことを減らせるんじゃないかなと思う。
このひとは大人の人かもしれないけれど、手がかかるんだから。
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