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手を繋いで
裾をまくった短パンからのびたスパッツが、ずり下がって来るのも気にしないで、海の中を夕陽の落ちる方角へと歩いてゆく。
もちろん、こんなお天気では綺麗な夕焼けなんて現れるわけもなく、今が何時なのかすらも、太陽がないのではかりかねる。
ただ黙々と進む私のことを、砂浜の方から中村さんもついてくる。
何も喋らないな、と思って振り返ってみたら、スマホで私の写メを撮っていた。
ただ、その顔は微笑んだりしてはいなくて、眉は八の字、口元だけが緩んでいて、微妙な表情をしていた。
笑いかけてやりたいけれど、心に何かつっかえているかのように。
「どうしたんですか?つまんなくなっちゃいましたか?」
「違うな。…うたには、そっちの方が良かったのかなあ、って思ってた」
「そっち?」
「そう、そっち」
「説明、ナシなんですか。そっちって、どっち?」
「でも俺は、今は離してやれないなあ。悪いな、うた」
「悪いんですか?こんなに、楽しいのに?約束通りに、海に連れて来てくれたじゃないですか」
パシャパシャと水を蹴って、中村さんの元に戻ると、精一杯背伸びをして届いた喉元におでこをぶっつける。
ビショビショのスニーカーは水分を吸えるだけは吸って、白い靴ひもには砂が染みて描いた不思議な模様が出来ていた。
「うたが選んだならいいんだけど。俺が人の人生に口出してもなあ」
「うん、私が選んだの。口出し無用ですよ、ねえ、傘が刺さってる。ふふ」
「一緒に入るか。服買って、着替えて帰るか?」
「ううん。濡れたままでいい。中村さん、寒くない?私より雨に濡れたでしょう」
「俺はパーカー脱げば、下にロンT着てるから平気だよ」
ねえ、中村さん、私をあなたと出会わなかったかもしれない、そんな生き方の方が良かったんじゃないかなんて言わないで。
こんなに幸せな気持ちを、日々を、私にくれて、笑顔を、泣き顔を、歌声を、言葉を、温度を、残せるのに。
哀しそうにしたりしないで、いいんですよ。
「私を見つけて、拾ってくれて、磨いてくれて、ありがとう、中村さん」
どうして私なんかが、No1になれたか、わかりますか?
あなたがいてくれたからなんですよ、中村さん。
どうして私なんかが、愛してる、って意味を知ったかわかりますか?
あなたが一生懸命に不器用に、自分勝手に、それでも優しくしてくれたからなんですよ、中村さん。
「思い出になったか?こんなんでも」
「めっちゃなりました!最高の思い出だよ!!」
「本降りになって来たし、戻って居酒屋でも行くか」
「ね!さっきの写真、あとで見せて下さいね」
ねえ、そうやって、笑っていてね。
手を繋いで帰りましょう、通い慣れた居酒屋で美味しいものを食べようよ。
仲の良い店員さんに、今日の話をしたらきっと酔狂だと言われそう。
大雨の中、ご苦労さん、なんて言って何かオマケをしてくれるかも。
きっとみんな、私が無理にデートを頼んだと思うだろうから。
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