デート

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 でも今は、彼と共にいる時間は、そんな風になってしまっては困るのだ。  そうっと静かに、夢の邪魔をしないように、かかっていた布団を自分の方だけめくると、脚を立てて四つん這いで活動をはじめる。 目的としている眼鏡のある場所は確か、すぐ側にあるテーブルの上だ。  彼の使用しているノートパソコンの上に、無造作に放置したのを覚えている。  音を立てないように気を付けて、布団の下、足を向けている方へ大回りして、やっと手のひらがフローリングにペタリとくっつく。  ここまで来れば、もうあとは直進するのみだ、と意気揚々と膝を持ち上げたけれど、私は無様にベタッと胸元と顎を床にぶっつけた。 「…っ!ひゃうあ!!」 「ふはっ、なんなの、その驚き方」 「や、やめて下さいよ!起きたなら起きたって言って下さい!足首、離してもらっていいですかっ!?オバケかと思った…!」 「どっか行くの?夜中だぞ」 「…痛い。ひどい。中村さんを置いて、どこに行くって言うんですか。…何も見えないから、眼鏡をしようと思って…」  何かとごそごそやっている間に、彼も起きてしまったようだった。 煩くしてしまって申し訳なかったな、と言う気持ちと、よくもビックリさせてくれたな、と言う気持ちが混ざり合って、態度があやふやになる。  普段のようにデレデレか、イラッとしたので冷たくするか、その中間でツンデレみたいなセリフになってしまった。  いや、本当のところ、ツンデレがどう言った対応のことを言うのかはわからないので、合っていないと思う。  ただのデレデレにデレデレを重ねただけの、いつも通りの自分の返事でしかなかったのだと思う。 「俺が取って来るか」 「いいんですか?あ、スマホもー」 「今、何時だ。…二度寝、出来そうか?」 「無理そうだったので、眼鏡を求めました」 「ああ、4時前だ。ほれ、うたのスマホ」 「ありがとうございます。早起きは三文の徳のはずなんで、いいことあるかもですね」 「どっか行ってみるか」 「え?朝の4時ですよ?」 「三文の徳なんだろ。で、三文てなに」 「お金のことだったと思います。100円ちょっと」  朝の4時なんて、仕事のある日だったならば余裕で起きているし、まだ二人でどこかで酒を飲んでいたり、部屋で飲んでいたりする時間だ。  けれど今日は、明けて日曜日。 つまりは日曜の早朝である4時と言うことだから、一日の終わりまではだいぶ自由が長いこと続く予定となる。  暗がりでも目がきくのであろう、彼は私の足首を解放すると、半分伏せている私の横をスタスタと通り過ぎ、テーブルの前に置かれた大きなクッションに座る。 「100円ちょっとじゃ、煙草も買えないけど」 「本来の意味はそっちです。お得の得じゃなくって、徳を積む、の徳ですよ」 「おいで。いつまで地べたにいるの」 「誰でしょうね、私にこんなに可哀そうなことをしたのは」 「悪かったって。ほら、抱っこしてやるから、来い」  ゆっくりだけれど、目が慣れて来たのと、少ない光源を瞳孔が精一杯集めてくれたからか、部屋の明かりを点けなくとも身動きが取れるまでになって来た。  ころん、と転がって横向きになると、彼の方へ芋虫が這うようにして、裸足でフローリングを蹴って移動する。  たどり着くと、わきの下に手を入れられ、体を引き上げて抱きしめてくれるけれど、こんなのは思いっきりご機嫌取りの為だけのはぐでしかない。 「胸が余計に縮んだ気がするんですけど」 「わかった、わかった。…そうだな、海でも行くか」 「え。珍しいですね。遠出、嫌いじゃないんですか」 「何も沖縄の海に行くわけじゃないし。お台場でいいか」 「私、お台場も行ったことないです」 「そうなの。一応、砂浜もあるよ」  単純な私はあっという間に元気になって、不貞腐れていたことなどすっかり忘れてしまう。  だって、お台場だって。  デートで行くみたいな場所だ。  海だって。  明るい時間帯に、普通みたいなお出かけ。  私たち二人にしては、遠くまで。  彼の首に腕を回すと、抱きしめ返して「嬉しい」と言ってクッションでのびていただけの下半身に力を込めて、横に座ってキスの嵐を降らせた。
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