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海に行こう
仕事のある日だったら、だの、酒を飲んでいる、だの。
おわかりの通りこの東京砂漠で私たち二人は、キャバクラの店員として、彼は男性スタッフであるマネージャー、私の方はキャスト、つまりキャバクラ嬢としてバイトをしている。
彼は中村颯、29歳。
ひたすら謎の人だけれど、私が勝手に惚れて、たまたま店上がりに酔っ払って勢いで告白めいたことをやらかしたら、自室に連れ込んでくれた。
そのことから、倫理観はしっかりとはしていないのかもしれない、と思われる。
なんで、って。
私はまだ19歳だし、店の決まりで男性スタッフとキャストは私的な付き合いは禁止されている。
それでも何だかんだ私は彼、中村さんの住まうマンションの一室に居ついてしまって、居心地も良いし離れたくもないし、追い出されることもなかったしで、ハッキリとした名前がつかない関係をダラダラと続けていた。
あ、名前ならあった。
色管理、枕管理、と呼ばれるそれだ。
きっとそうなのだろうと思って、私は見捨てられないようにせっせと売り上げに貢献する為に、肝臓を傷めつける日々を送っている。
ついでに言うのならば、精神的にもキテるなあ、とたまに感じる程度には、無理をしていた。
そんな私に、この人は、中村さんは、ちゃんとご褒美を用意してくれる。
だからやめられないのだ、このやろう。
電気を点けると、洗面所へ顔を洗いに行き、カラコンを装着すると、そそくさとクッションに戻って眉を描いてアイラインを引いた。
まだ始発も出てないよ、と言って苦笑いをする彼は、灰皿を片手に煙草を吸いながらバルコニーへ出て行ってしまう。
いつもだったら、同じように煙草をくわえて追いかけるところだけれど、今回は見送って、スマホで「お台場」と検索をかけた。
私には、お台場にはテレビ局がある、と言う知識しかなかった。
他に何があるのか全く知らないのに、どうして「デートっぽい」などとはしゃいだりしたのだろう。
多分、以前テレビ番組か何かで特集でもやっていたのかもしれない。
それを流し観でもしたか、耳だけ傾けていたかで、そんなイメージを抱いたのだと思う。
あ、ほら、やっぱりそうなんだ。
スマホの画面には、「デート」の文字が多く並び、外せないスポット10選やら、年代別のプランやらが並んでいた。
ちらっと、20代のページを開いて読むだけ読んでみたけれど、眩暈と疑問を覚える。
載っている写真はどれもとても楽しそうだったけれど、この人やこの人に、私と彼を当てはめると、違和感しかなかった。
なんと言うか、共に訪れる相手によると言うか。
私は、きゃっきゃと中村さんを連れまわして、アミューズメントパークでアトラクションにガンガンとチャレンジしよう!なんて気分にはなれなかった。
だったらショッピング、と言ったって。
ブランドにも最近の流行りにもさっぱりと疎いので、欲しいものが良くわからない。
何よりも、帰りに荷物が増えてしまったら、きっと中村さんはそれを持ってくれると思うのだ。
彼を疲れさせるのも嫌だったし、貯金をしている最中なのであまり散財したくない。
…海、だけでいいな、私。
そんなことを言ったら、せっかく誘ってくれたのにがっかりさせてしまうだろうか。
私が喜ぶと思って提案してくれた場所に違いないのに。
だけど私は、二人で海が見られたらそれだけで良い。
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