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未来のお話
カーテンのない窓の外は、いつもキャンバスのようだと思う。
ちょっと格好つけて言ってみただけで、文房具屋で購入した大きなスケッチブック、の方が見合っているような気がする。
そこに一本だけポツンと描かれている、ひょろ長い彼の背中が東から白く染まって行く。
パジャマにしていたTシャツは、先ほどまでは濃紺だった。
陽の光を含んで、本来の色を取り戻して行くのを眺めていたら、彼がこちらへと振り返り絵の世界から帰宅した。
「…あの、中村さんは、ゲームとかアトラクションとか、やりたいですか?普通のデートって、何するんでしたっけ?」
「そういや色々あるんだったな、あそこ。俺はどっちでもいいけど。何かやったり見たりしたいの?」
「くたくたになるよりは、海を一緒に見て、あとはいつも通りがいいです」
「レストランくらい行くか?予約、取れたらだけど」
「ううん。私にとっての特別は、綺麗な夜景でも、なんて書いてあるのか読めないメニューでもないんです。一緒に、海の側をお散歩したいです。…あ、でも、蝋人形と横丁は、気になる」
きっと私はいつか、他の人と、こうじゃないお台場での過ごし方をするだろうと思うから。
今は、中村さんとは。
私たちらしい日々をおくって、その中で強烈に心に焼きつくようなことをしてやりたい。
きらびやかで楽し気なテレビや雑誌やネットに溢れるデートをしたら、霞んでしまうかもしれないから。
あの時のお台場では、隣にどの女のコがいたんだっけ、なんて。
思い出そうとして、何人かと面影が混ざってしまうのは悔しいじゃないか。
自己肯定感が低いだの自分は無価値だのと言う割には、私は意味不明な負けん気だけは強かった。
「そ。海は、足くらいは入ってもいいはずだから。ってか、蝋人形ってなに」
「歴史上の有名人とか、…現代の人もかな。等身大のリアルなフィギュアにして、展示してるとこがあるらしくて」
「こわ。なんでそんなことすんの」
「功績を称えて、とかですかね?…そっちは、いつか、でいいです。芸能人とか全くわからないので」
誰か他の人が立ててくれたような、ものぐさな私たちの為に与えられたちょこっとプラス、な計画の通りの、素敵なデートをするのも良いと思うけれど。
それは私がオトナのオンナになったら。
そして再び、お台場にでも行こうか、と言ってもらえる、そんな機会がやって来たら。
ー まだ、中村さんが側にいたら。
コンタクトレンズをしてもなお、くぐもった未来のお話。
そんな希望的観測でしかない、勝率の低そうなルートの先に待つ、お楽しみってことにしておこう。
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