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エスパー
特に予定はキッチリとは決めず、気分次第で出発する、と言う、なんともやる気と行動力のない意見が合致したので、私も煙草に火を点けた。
のんびりと流れる二人きりの景色は、誰が観ても退屈でしかないシーンの連続だと思うのに、私にとってはこんなにも愛おしくて大切だ。
結局私たちは、9時を過ぎた辺りで、どちらからともなく出掛ける準備をはじめ、時々中断してはじゃれて、煙草を吸い、冗談を言って笑い合う。
その合間合間に、中村さんの部屋に持ち込んだ私服と、仕事用のドレスワンピのを着ては脱いで、また別のをひっつかむ。
「俺がどうしような。スーツと、Tシャツとパーカーしか持ってないから」
「それじゃダメなんですか?お台場って、ドレスコードがあるの?」
「ないけど。おまえは可愛くしてくんだろ。俺がどうなの、パーカーにジーパンって」
「あ、コレですか?…派手、でしょうか?」
「いいんじゃないの。ただ、一緒に歩いてたら、俺がヒモみたいだな」
「ヒモだったら、服も強請ると思いますよ。じゃあ、私もラフな感じにしようかな」
胸にハンガーごとあてていたワンピースを外し、壁のフックに引っ掛ける。
襟に繊細なレースがあしらわれているシフォンのブラウスに、ペプラムが腰の位置より高めから広がっている、膝上までの長さのタイトスカート。
同伴用にと持ってきた服だったので、確かに背伸びしている感が否めない。
…あまり気にしたことがなかったけれど、その土地その土地に合う服装と言うのがあるような気がする。
例えばだけれど、わかりやすいイメージで言うと、下北沢と港区、原宿と六本木、表参道と池袋、適当に並べたけれど、それぞれその土地を愛する人々は服装のジャンルが違っている。
…ように、私には見えるのだけれど。
「ああ、いいよ、やめなくたって。着たい服着ろ。自分でも、珍しいこと言ったなって思ってたわ」
「そうですよね。中村さんって、周りの目ってあまり考えたりしない人かと思ってました」
「そうだけど。なんだろうな、さっきの」
「やった!きっとデートだって、意識してくれてるんですよ!…多分!」
「そうかあ?あー、服でも買うかなあ。最近、うたがいるから、出歩くしな」
思わず、うふふ、と気持ちの悪い笑いがこぼれた。
私と一緒に外出する為に、今まで必要としていなかった私服の購入を検討している中村さんが、困っているようには見えなかったからだ。
大きなため息をついていたけれど、眉が下がっていて、えくぼが出来ていた。
彼の方はTシャツの上に、いつもの白いパーカーを羽織ると、ストレートのジーンズを履いてベルトをする。
彼はかなり細身なので、どちらもレディースのものだと思うのだけれど、それでもジーンズはストンとし過ぎていて、中身がスカスカに見える。
まるで、脚がないことを隠す為に履いているみたい。
実は休日には幽霊を連れて歩いているオンナ、だなんて、ちょっと面白い。
「私もキャミにパーカーで、黒いスキニー履きます。みんなオシャレして来るような場所なのかもしれないけど、足を海につけたいし」
「そっか。じゃ、いつか俺がまともな服でも買ったら、また行くか」
この人は何もかもわかっていて、言葉を口にしているのではないだろうか。
叶うかどうかはわからない約束だけれど、チョロっと頭を掠めた私の未来を、いとも容易く道の先に置いて来る。
それまで、離れたりしないって、本当に思ってくれてたらな。
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