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「ほら、一応、海だろ」 「うん!海だ…!」 「おい、うた、傘さして行け、風邪ひくから」 「えー面倒くさーい」  お台場の、海浜公園前と言う駅に向かう途中から、空はどんどん分厚い雲に覆われ始めた。 ああ、雨が降ってしまうかもな、とは思っていたけれど、中村さんは引き返そうとも、今日はもうやめておこうとも言わなかった。  乗り換えの駅のホームにあった、小さな小さなコンビニでビニール傘を買うと、目的地へと向かって、再び電車に乗った。  そうして辿り着いた、東京の海は、砂浜は作り物なんだったっけ? 私は、興味のないことにはとことん知識がないので、そうだとしても砂浜であればなんの文句もない。  ポツポツと降り出した雨は、じょじょに大粒になり、地面まで落ちるスピードを上げて行く。 さすがにこれでは、帰りの道中で濡れネズミの女を連れて歩く羽目になる中村さんのことが不憫だと思った。  だって、せっかく傘を持っているのに、違和感しかないではないか。  私は大人しく、中村さんが差し出すビニール傘を受け取ると、バッと開いてからくるくると回って見せた。  だって、だあれもいないんだもの。  雨が降り出して、海でデートをする予定だったカップルたちは、とっとと屋内へとそれぞれが散って行ってしまった。  私たち二人の、貸し切りの海だ。 「ほら、パーカーも。フードかぶれ、な」 「はあい!…嬉しいな!嬉しいっ!中村さんと、海だ。二人きりっ!」 「…そうか。うたは、愚痴愚痴言わないんだなあ」 「何がですか?だって、すっごくハッピーですよ!」 「買い物もしたかった、おしゃれしたかった、雨だなんて最悪、遊びたかった、…普通だったら、普通の女だったら、そのくらい言うんじゃないの」 「…?普通の方がいいですか?」 「普通じゃなくていいよ。…うたは、可愛いなあ」  何を突然、そんな褒め言葉、と言うか、私が照れるようなセリフを臆面もなく吐いたりするんだ、このひとは。
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