4人が本棚に入れています
本棚に追加
4
「うん、二年半ほど前だけどね」
と答える店員を、いつきは見た。小柄で小太りだが、豊かな胸がTシャツを押し上げている。なんか色気のある人だな。
「未亜、その時の話を聞かせてくれよ。工場勤務だっけ?」
「えー、思い出したくないー。とにかく最悪。残業させられて大変だったし、正社員たちはクソだし、最後は突然、今月で辞めてくれ、だって」
未亜は唇を尖らせた。二人の隣の椅子に腰かけて、足をぶらぶらさせている。
何なんだ、この人。いつきはむかついた。
「『お前のミスだから終わるまでやれ』と言われてやったら、残業代ついてなかったとか」
「ちょっと待ってください」
我慢できず、いつきは口をはさんだ。
「ウチの会社がサービス残業させてるみたいじゃないですか。それはないですよ」
牧村だけに喋っていた未亜が、いつきに気づいたようだった。表情に、はあん? という内心の声が浮かんでいた。
「あんた、おきれいな本社ビルにいるんでしょ。工場のこと何も知らないくせに。正社員様には、あたしたち派遣社員のことなんて、興味もないでしょうけど」
つっかかってくるなあ。いつきは反論を続けるか迷った。マジ切れするのはよくない。でも、この女の話を牧村先輩に鵜呑みにされるのも嫌だ。
「昔、現場の一部で、あったかも知れませんけど、今は違います」
「昔? 一部? その言い方が本社のエリートだって言うのよ! そんな目に遭った当事者からすれば、それがアカツキ製薬なのよ」
「神川第一工場で働いていたんですか?」
いつきの記憶では、銀色に光るパイプやタンクでいっぱいの工場だった。
「そうよ。前田とか、板倉とか、知ってる?」
「あ、板倉さんなら知ってます。所属しているプロジェクトのリーダーなんで」
未亜は顔を背け、席を立った。
「ああ喋りすぎちゃった。仕事しなきゃ」
未亜は焼き場に戻っていく。焼き鳥を焼いている中年男が、こちらを睨んでいた。
「なんでボクが文句言われるんですか?」
いつきはショックだった。
「ボクは会社の代表じゃない。ただの下っ端社員なのに!」
あはは、と牧村は大笑いした。
「君らのやりとり面白かったな。カメラ回しときゃよかった」
「げ! そんなこと考えてたんですか」
最初のコメントを投稿しよう!