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星鐘島は、空に浮かぶ浮遊島である。中央にある最も高い塔を中心として、島自体を七つの塔が囲むように建っている。それだけでも特色としては強いが、一方で重厚な趣きの建物が一面に広がる、色彩の統一された街並みも持っているのだ。眼下に臨む街は、本当に美しい。
少し降りれば、聞こえてくるのは賑やかな声に、楽しげな音楽。いつもは静かなこの島だが、今日は祭りだ。空には色鮮やかな風船に加え、花びらや紙吹雪が舞っている。魔法で飛ばされているそれらは景観を乱さぬよう、一定時間滞空しては落ち、地面に触れる直前で空気に溶けていった。ここに住む人間にとっては見慣れた風景だが、訪れる人々からすれば夢のような光景だろう。
「どこから飛ばしてるんだろう?」
黒のトンガリ帽子を被った少女〈エル〉は、メインストリートを目指して楽しげに歩いていた。花びらの出どころを探して見回すせいで、すれ違う人にぶつかりかけては避けるのを繰り返している。昼下がりの星鐘島は多くの人でごった返しており、それはエルの歩く小道でも変わらない。
緩慢な人の流れに合わせて歩くのに疲れたエルは、裏道へと足を踏み入れた。ショートカットと称しては、道なき道を行くのがエルのお決まりだ。生活道である裏道にも人々の姿はあったが、表の道よりはずっとまし。喧騒と混雑を逃れたエルは、ご機嫌に道を進む。目指すは腹ごなしのための屋台だ。
幼女と少年の話す声がエルの耳に届いたのはそんな時だった。
「──あっ!」
「あ、……あーあ、なにやってんだよ」
子供の声は、静かな裏道によく響く。見れば、赤い風船が幼女の手から離れ、空へ浮かび上がっていくところだった。少年からアイスを受け取ろうとして、手を離してしまったらしい。少年によく似た顔立ちの幼女が、泣き出しそうに表情を歪める。
「ここは私の出番だね!」
エルはひとり胸を張ると、道行く人々を避けて地面を蹴った。
階段の手すりを踏み台にして、壁を一気に駆け上がる。縁につま先をかけて、高くジャンプ。小柄な身体が宙に浮く。
「お〜〜〜!?」
エルの曲芸じみた動きに、周囲は騒然となった。くるりと一回転して家の二階ほどの高さまで飛び上がったエルは、手を伸ばして風船の紐をキャッチ。落下しながら更に一回転して、猫のように軽やかに着地した。
あまりの鮮やかさに、周囲は一瞬静まり返って。
「おみごと!!」
「すごーい!」
「かっこいい〜〜!」
裏道は、一気に沸いた。空間を満たす拍手、喝采、指笛。
誉めそやされたエルも照れたらしい。手を振って歓声に応えながら、呆然とエルを見ていた幼女に歩み寄る。よほどびっくりしたのだろう、幼女は目を丸く見開いて、口を開けたままエルを見上げていた。
「はい、どうぞ! もう離しちゃだめだよ」
「あり、がと」
小さな手だった。風船の紐をしっかりと掴んだのを確認してから、エルは手を離した。そして、幼女の隣で立ち尽くしていた少年に向き直る。
「君も! 先に風船を受け取ってからアイスを渡すこと!」
「わ、わかったよ」
カクカクと、何が何だか解らぬまま、少年は首を縦に振る。彼も悪い子供ではないのだ。タイミングがうまく掴めなかっただけ。エルもそれを解って、うんうん、と笑顔を返す。
一仕事終えたと判断して、エルは周囲の人々を振り返った。
「よし! じゃあ、皆様もよい星降祭を!」
エルは彼らの返事も待たずに、木箱の天板を踏み切って屋根に乗る。唖然と見上げる二人と街の人々にもう一度手を振って、傾斜も気にせずに駆け出した。
「なに食べようかな〜!」
……走り去るエルのポケットから一枚の紙が落ちて、花びらと共に舞い上がる。
それは、世界王の直印が押された世界的極悪人の手配書だ。大きくレタリングされた『盗賊黄金郷の首領・レオン』『ONLY ALIVE』『賞金75,000,000ℛ』の文字に囲まれるのは、黒服に金髪碧眼、隻眼の青年。エルにとっては絶対に失くしたくない、大切な宝の地図である。
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