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その場にいれば否定しただろうエルは、屋根の上を走り続けていた。
エルの視界のしばらく先にはひとつの塔がある。島を囲むように建つ各塔には、所属を示す火、水、風、地、光、闇、時ノ王国の国旗が掲げられているが、そのひとつである時ノ王国の塔だ。左手にある中央の塔では今まさに虚ノ王国の国旗が昇っていくところだった。
──塔の上か〜、行ってみたかったなぁ
エルは残念に思いながらため息を吐いた。エルの権限では入場はおろか、塔の高さまで飛ぶことすら厳禁である。
「諦めも肝心! せっかく来たんだから楽しまなきゃ!」
早々に切り替えたエルは、鼻歌を歌いながら腕を振り上げてスキップで進む。なにせメインストリートはもう目と鼻の先だ。屋根の上までいい匂いが漂ってくるほど。
「チキンにガレット、マーレパ〜イ!」
エルがすう、とご飯の匂いを肺まで吸い込んだところで、……がしゃん、というガラスの砕けるような音がした。
「じ、事件の匂いっ!?︎」
屋根の上、エルは音の発生元を探してうろうろと彷徨う。どこかから高くてか細い、叫ぶような声が聞こえてくる。反響を頼りに歩き続けるが、広すぎて分からない。
「ど、どこ……!?」
「──てください……! 私から離れて!」
女性の悲鳴がはっきりと聞こえて、エルは声を頼りに縁まで走った。階下の路地裏を見れば案の定、少女が男性三人に詰め寄られている。エルがどうしたものかと考える暇もなく、男のうちの一人が少女の腕を掴んだ。
「やめっ、やめて……助けて、レ──」
「アッカン!!」
エルは急いで、屋根から飛び降りた。旗のようにスカートをはためかせながら、片足を上げる。
「そりゃっ!」
その踵を、少女の腕を掴む男の頭目がけて振り落とした。
体重と速度が乗った打撃は、さぞ痛かったことだろう。呻きながら地面に崩れ落ちる男を尻目に、エルは華麗に着地を決める。
突然の乱入者であるエルに、残る男二人と少女は硬直した。エルはその隙に、少女を庇うように自らの背後に押し込んで、男二人を睨み上げる。
「男が三人、よってたかって女の子に乱暴するなんて、見過ごせるわけないよね!」
少女は何が起きたのかも分からずに怯えるばかりだ。男二人は肩を怒らせながら距離を取る。一人は手を突き出して構え、もう一人は蔓のような鞭を取り出して口々に叫んだ。
「なんだお前は!」
「俺らの邪魔をするたぁ、お前も奴らの仲間だな!?︎」
「あいつら、全身黒服で水晶を首からぶら下げてるって言ってたな?」
「じゃあ、こいつが……?」
訝しげに男たちはエルを眺めた。エルは黒いワンピースの上に黒いマントを羽織り、胸元には水晶玉を覗かせている。エルからすれば何の変哲もない普段の格好だ。男たちの探している人間と情報は一致しているが、全身黒服の人間は他にもいないわけではない。大体、表立って捜索されているならエルの耳にも入るだろう。つまり、彼らの探す人間はエルではないわけで。
勝手に犯罪者まがいの扱いをされて、エルは不機嫌そうに片眉を上げた。ふん、と腕を組んで踏ん反り返る。
「ちょっとなに言ってるか分かんないけど、やる気なら受けて立つよ!」
「あ、あの……」
「大丈夫! 君は私が助ける」
エルは少女に肩越しに笑いかけると、男たちから隠すように大きくマントを広げた。ワンピースのポケットから一枚の紙を取り出して、真っ二つに破る。突如エルの手に現れたのは小さな巾着だ。その中に右手を突っ込んだエルは、男たちに向かって不敵な笑みを浮かべた。
「これでも食らえっ! 《睡魔ノ砂》ァ!」
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