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バッサァ!
巾着から引き抜いた手が、男たちに向けて素早く開かれた。手から放たれた砂はキラキラと煌めきながら、男たちの顔面にぶつかる。痛そうな音がした。
「ぶ、っくそ! おい! 油断するにゃうみゃむみゃあ……」
鞭を持っていた男が、突然膝を突いて前のめりに倒れ込んだ。かなり強く額を地面に打ち付けたようだが、ぴくりとも動かない。
「おい、しっかりし、……く、っ」
もう一人の男が腰を屈めて倒れた男の肩を掴んだが、すぐに黙り込んで地面に沈む。数秒おいて、二人分の大きないびきが路地裏に響き始める。
《睡魔ノ砂》は名前の通り、かけられた相手を眠らせる効果を持つ魔法道具である。エルはキラキラと光る右の手の平をまじまじと見つめた。つい先日、面白半分で競り落としたのだが、まさか試す前に本当に使うことになるとは。
「威力すっごー……」
はっ、とエルは地面を見下ろした。先ほど踵落としをお見舞いした男に足首を掴まれたのである。どうやら痛みから回復したらしい。男は当然ながらかなり怒っているらしく、脂汗を浮かべながらエルを睨み上げた。
「この魔女め……!」
「うわっ、起きちゃったの?」
エルがふらりと身体を揺らしたのも一瞬のこと。体勢を立て直す際に手を突くように、男の顔面を光る手の平で叩いた。べちんという、間の抜けた音がした。
「ぶぐっ」
「はい、おやすみ!」
男の首が落ちてエルの足首から手が離れた。いびきがうるさい。
エルはしゃがみ込むと、三人全員の肩を軽くつついた。反応はない。この様子ならばしばらく起きることもないだろう。制圧完了、である。
「……まったく、魔女だなんて酷いよねぇ。通りすがりのただの魔法使いなのに! で、君に怪我はない?」
立ち上がったエルは、手についた粉を払いながら少女を振り返る。少女は、恐る恐る首を縦に振った。
「へ、平気、です」
「そっか! それなら良かった!」
満足げに、エルは自らの鼻を拭った。拭って、……突然膝を突いた。
どうにか立ちあがろうとするものの、エルの体は膝を支店にぐらぐらと揺れるばかり。それもそのはず、《睡魔ノ砂》は素手での取り扱い厳禁なのだ。手を軽く払った程度では、粉は落としきれないのである。エルも引き渡し時の説明を思い出したのか、あー、と残念そうに呟いた。
「ええっ!? あ、あの!?」
混乱する少女。エルは何の反応も返せないまま、男たち同様、前のめりに倒れ込んだ。顔を打ちつけずに済んだのは、エルの肩を少女が掴んでくれたからである。
とはいえあまり力はないらしい。エルの身体を支えきれずに地面に下ろした少女は、仰向けに転がしてから頬を叩いた。
「しっかりしてくださいっ!」
少女の焦りも虚しく、エルはむにゃむにゃと、気持ちよさそうに眠り込んでしまった。さきほどの男たちの反応を見る限り、一度眠れば起こすのは困難そうに思える。
「ど、どうしよう……!?」
少女は周囲を見回した。だが、目の前にはすっかり伸びてしまった男が三人転がっているだけだ。誰かが通りがかるのを待つのが懸命だろう。幸いにして今日は祭りだ、どんなに狭い裏路地であっても、必ず人は通りがかる。
そうこうしているうちに、誰かの足音が建物に反響した。まだ距離はあるが、段々とエルと少女の方に近づいてきている。
少女が壁に身を隠しつつ窺えば、魔導士のマントを着た白髪の少年と、彼より小柄な男の子が並んで歩いていた。恐らく見回りだろう。少女との年齢も近そうだし、先ほどの男たちのように、突然危害を加えてきそうには見えない。
けれど。少女は慌ててエルを肩に抱えると、逃げるように近くの住宅の影に走り込んでしまった。
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