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「──星降祭っ!」
ごんっ!!
鈍い音だった。
額を強打したエルは、すぐさま地面に寝転んだ、というか倒れた。声にもならないうめき声を上げながら、額を押さえてのたうち回る。
「っ~~~!?」
エルの頭突きを正面から受けた少女もまた、頭を抱えてうずくまっていた。爆睡していたエルを膝枕していたのである。少し前からエルがもぞもぞと動き出したので、心配して顔を覗き込んでいたのが仇になったかたちだ。
たっぷり一分はそうしていただろうか、痛みから回復したエルは、ゆっくりと起き上がった。
「……ご、ごめん!」
「…………いえ、私の落ち度ですから」
少女とひとしきり苦笑し合ったエルは、頭を振って周囲を見回した。エルの目の前には住居への階段がある。そこは先ほど少女が襲われた現場からはひとつ角を曲がったところに位置しており、道を行けば小さな広場に繋がっていた。
エルが眠っていたのは30分ほどで、まだ日は高い。周辺を見回して状況を理解したエルは、ほっと胸を撫で下ろした。
「……まだ夜にはなってないね、よかった〜! 効き過ぎたらどうしようかと思った! それに、君も無事だったみたいでよかったよ!」
「はい。おかげさまで助かりました。ありがとうございました」
「うんうん。ちなみに悪漢たちは何処へいったの?」
「……さ、さっきの方たちなら、私よりも若そうな白い髪の魔導士様に連れて行かれましたよ」
少女は視線を彷徨わせながら答えたが、エルは気にした風でもない。ふうん、と、今は誰もいなくなった路地裏を壁越しに眺める。
「君より若いってことは、随分幼い子が魔導士をやってるんだね、やっぱり大変そう……」
「いえ、……かなり小柄でしたが、幼いというほどでは、なかったかと……」
「そうなんだ」
エルはそう言ったきり、《魔導士》については興味を失ったようだ。にっこりと笑って少女に向き直る。
「ひとまず、ならもう一安心だね! ……と言いたいところだけど、可愛いお嬢さんが一人だ、また何かあるといけない。よければ私と一緒にお祭りを回りませんか?」
騎士っぽく戯けたエルとは対照的に、少女は申し訳なさそうに目を軽く伏せた。
「すみません。実は、……友人と一緒に来ていて、」
「そうなの?! じゃあお邪魔しちゃ悪いか……」
「いえ! それが、その…………」
少女はエルのマントの隙間から覗く水晶玉をちらりと見ると、気まずそうに続けた。
「実は、その友人とは先ほどの一件ではぐれてしまったんです。《魔晶石》を壊されてしまったせいで、合流どころか連絡もできなくなってしまって、それで、その……」
そういえば、とエルは一連の事件を思い返した。なぜ少女が襲われていることに気づいたかといえば、何かが割れるような音が聞こえたせいである。どうやらあれが、《魔晶石》が破壊された音だったらしい。
納得したエルは腕を組んで、わけ知り顔で頷いた。
「な〜るほどなるほど。なら、私の出番だね!」
エルが立ち上がる。つられて少女も腰を上げたところで、エルは片足を引いた。カーテシーだ。
「改めまして、私は魔法使いギルド《人形ノ鎮魂歌》所属の〈エル〉! 依頼人の悩みや願いは、どんな事も魔法で解決! 君の連れを探す手伝いなら是非お任せあれ!」
スカートの裾を摘んで腰を折る様は淑女のよう、広告込みの明白な挨拶は商人のよう。どちらも、先ほどの大立ち回りからは考えられないだろう。
驚く少女をよそに、エルはスカートの裾をたくし上げた。露わになった太ももに刻まれているのは横笛を吹くうさぎのマーク。《人形ノ鎮魂歌》にエルが属する証だ。
少女は顔を赤くしたり青くしたり白くしたりしながら、口をぱくぱくと動かす。
「っギルド、…………、えと、わたし、」
ぎゅるるる……
二人の間に、なにやらカエルの鳴くような音が鳴った。それも盛大に。
エルの腹の音である。
空腹に耐えきれなくなったエルは、素早く懐に手を突っ込んでまさぐる。
「依頼料のことなら、これ! これで手を打とう!」
取り出されたのは星鐘島のパンフレットだ。表紙には『食べ歩き名物特集』と印刷されている。読み込んだのだろう、いくつかのページの端が折れ曲がっていた。
エルはパンフレットを開き、ページの一点を指差しながら少女に迫った。どう見てもまじないを売りつける悪い魔法使いだが、エルは腹が減っているだけである。
「そ、それでよろしいんですか?」
戸惑う少女に、エルはもげるんじゃないかというくらい首を縦に振る。それがあまりに一生懸命で面白い動きだったからだろう、少女は小さく吹き出した。
「わかりました。では、先ほどのお礼もかねて奢らせてください」
「決まり! じゃあ、さっそく行ってみよー!」
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