ヘンテコ眼鏡

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 都内のメインストリートを文子がバイクで疾走し、千代田区紀尾井町にある株式会社文月の八階建てビルに到着すると、地下駐車場にバイクを入れてエレベーターに乗って四階の編集部へ向かい、デスクのノートパソコンを開いて、YouTube『ソクラテツ』の過去の切り抜き映像を検索し、喫煙室から出て来た平本蓮一と一緒に観る。 「この眼鏡について、多くの方から教えて欲しいとコメントがあったので答えます」  白いパーカーに黒のスリムパンツを着た長髪無精髭の曽倉哲人が丸椅子に腰掛け、鼈甲の丸フレームにメタルフレームの四角レンズを合体させた眼鏡を外し、赤い布を敷いた小テーブルの上に置いて訥々と語り出す。 「僕は集団行動が苦手で、幼稚園は完全拒否し、小中高はほぼ不登校だった。そんな社会不適格者の良き理解者は祖母でね。人生は自分を知る冒険だから、何事にも恐れずに挑戦して、価値のある物を探し求めればいいんだよ。と言い聞かせ、僕に勇気を与えてくれた」  ヘンテコ眼鏡を指で摘み、鼈甲の丸レンズを指差して「こっちは祖母の丸眼鏡なんだ」と微笑む。 「形見分け。祖母は僕が17歳の時に階段から落ちて死に、片方は壊れていたので、無事な方を自分のメタルフレームに接着して愛用している。祖母は不思議な人で、この眼鏡で死の世界が見えるって言ってたんですよ」  途中から数人の記者が文子の後ろに集まり、肩越しにパソコンの画面を覗き込んでいる。新人の梅野孝保もカメラを肩に掛け、観客に加わって「世紀末のカリスマ……」と呟く。
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