オープン列車

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オープン列車

 窓側中程の席に座る松永幸子(67歳)は、去年大腸癌の手術をして先月退院したが、数日前の検査で癌の移転が見つかり、医師に再発していると聞かされて思い悩み、『スリープダウン・体験ツアー』のチラシを病院の掲示板で見て応募した。 「当選したから、行ってみるよ」 「お母さん、やめてよ。縁起でもない」  娘は予行演習みたいだと反対したが、一昨年夫にも先立たれ、再度癌に苦しんで子供たちにも迷惑をかけると思うと、早く死んだ方がましだと思った。  ツアー参加者は境遇が似ているのか、家族は反対したが、境遇を忘れて楽しみたいと笑顔で話す者が多く、幸子は自分の死期が近いから選ばれたと納得した。 「このメガネをかけて、声の案内を聴いてリラックスしてください。最初は立体的な映像に驚かれると思いますが、すぐに慣れると思います」  幸子はスタッフから軽量VRグラスを渡されて、説明された通りに骨伝導イヤホンを耳に当ててかけ、自然音とAI晴明の優しい声に耳を澄ます。 『松永幸子さまですね』 「あっ、はい……そうです」
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