土の香り

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「いやだ、これテレビに出るのかしら?」 「今のところ、参加して良かったと思ってます。友だちが増えそうよ」 「曽倉大臣がかっこ良くて、近くで見れて嬉しかったわ。実はファンなんです」 「列車が到着した映像で、土の香りがしたのが印象的だったわ」  インタビュアーの文子が「土の香り?」と聞き返し、周辺に座っていた高齢者たちが鼻から息を吸い込み、オープン列車が到着した花畑を思い浮かべて、各々が観た向日葵畑や小麦畑のインサート映像に、曽倉哲人のナレーションが聴こえる。 『AI晴明は高齢者各自の趣向に合わせて、異なる終着点の映像をお観せましたが、土の香りを感じた事に注目してください。古代より人は土と戯れ、土に還る本能を携えています』  インタビュー映像を編集したスタッフが観光バスの後部席で確認し、文子も隣の席で観ていたが、一眼レフカメラを覗く梅野が慌てて文子に声をかけて、曽倉大臣が乗る黒いワゴン車が向きを変えたと教える。 「文子さん。曽倉大臣の車が離れて行きます」 「えっ、なんでだ?」 「僕らはお客様は山梨観光へご案内し、大臣は別行動の予定です」 「是非とも、皆さまの観光写真と楽しい記事をお願いしますね」  スタッフの三井と中島が冷静に週刊文月(ふづき)の記者に対応し、前列に座る高齢者が一斉に振り返って微笑み、文子は苦笑して逆方向へ消えて行く車を目で追う。
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