スリープダウンの申請者

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スリープダウンの申請者

『山梨県笛吹市芦川町に住む三笘家は葡萄園を営んでいたが、一人娘の彩子が結婚した四年後に廃業し、今は老夫婦二人で家庭菜園をして細々と暮らしています』  ワゴン車のフロントガラスに陽射しと木立の葉が映り込み、ハンドルを握る博美には骨伝導イヤホンからAI晴明の音声が聴こえ、哲人と龍音と美花のVRグラスは遮光され、老夫婦の笑顔に溢れた過去の生活振りと、夫が病気を患ってからの寂しげなシーンが流れている。 『数ヶ月前、食道癌の手術をした三笘秋生は放射線治療を受けていたが、他の臓器へも転移した事で医師は余命宣告をし、本人の希望もあって自宅療養に切り替えた』  VRグラスに三笘秋生(78歳)のプロフィール写真と、病院のベッドでスリープダウンの申込書に署名捺印する3D映像が映り、鼈甲のヘンテコ眼鏡を胸ポケットに入れた哲人が晴明に質問した。 「正式な認可が下りてない事を三笘秋生氏は知っているのか?」  六十歳以上の希望者へ安楽死を許可する法律は制定されたが、スリープダウンの実施についての許可は得ていない。(プロジェクト計画を作成して政府へ提出してあるが、反対派の議員から修正を促されている。)
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