Open the door.

2/2
前へ
/70ページ
次へ
 哲人は文子に軽く右手を上げて苦笑したが、これでスリープダウンを披露する舞台は整ったと、隣の博美とアンダータッチをして、VRグラスを指で押さえてAI晴明にコンタクトする。 『オープンザドア。セイメイ……死の世界を招き入れろ』  博美はスリープダウンに集中する哲人に代わり、一歩前に出て文子に頭を下げて謝罪した。 「ごめんなさい、文子さん。バスの車内で知らせるべきでしたが、医師の許可を得られるか確証がなかったので、秘密裏に進めてしまいました。でも、今は招かれざる客が登場してくれて良かったと思っています。どうぞ、嘘偽り無く記事にしてください」 「へぇー、簡単に認めるんだね?じゃー、逃走劇から書かせてもらうね」  文子はメモを手にして、「ベッドに寝ているのは三笘秋生さんですよね?」と質問し、博美は初期の睡眠アプリ・スリープダウンを作った龍音の祖父が余命宣告され、御見送りを希望するまでの経緯を説明し、梅野はキューブ型のコントローラーを点検する龍音と美花へカメラを向けた。 『…………』  AI晴明は哲人の指示に何も答えず、秋生の視界にはそよ風に乗って飛ぶトンボが見え、くるっと旋回して鼻先にとまって寄り目になった映像を哲人、龍音、美花も共有し、この穏やかな3D映像から死の扉が開いたとは思えなかったが、トンボがピクっと伏せて飛び立つと、哲人の胸ポケットに入れてあった鼈甲の丸レンズが割れて、祖母の形見が失われた。 『陰極、陽極が繋がり、こちら側には存在しない素粒子が発生……』  哲人は胸ポケットを右手で押さえてAI晴明の返答を聴き、割れたレンズの感触を確かめながら、目を見開いてVRグラスの3D映像を鑑賞し、『形見は失われたが、死神の出現を得られたな』と呟く。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加