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8. 他領の庭園◆婿視点
「わあ! おにいさま綺麗だね、アンドレ」
「ああ」
他領の広大な領主家の庭園。本日は、ニコラ様の三番目の異母兄上の婿入り祝い。ガーデンパーティーだ。王都より更にあったかい地方じゃ、冬でも屋外をメイン会場にするのが伝統らしい。
常緑を背景に、ニコラ様はドレスコードのパステルの衣装。それに真っ白ふわもこのケープを羽織って、今日も天使だ。
王国は収穫の秋を終え、冬は社交のシーズン。結婚式や婚約お披露目ラッシュ。社交デビュー前のニコラ様をエスコートできるっつー、幸せな季節だ。
「アンドレ、ぼくと踊ってくれる?」
大きな楽団がデデーンといるんじゃねー。庭のあちこちで、いくつかのアンサンブルが別々の音楽を奏でてる。
「ああ」
華奢な腰を抱いて、小さな輪に加わる。アップテンポのワルツ。背がちっこい婚約者のリードにも慣れたもんだ。
「……早く卒業して……結婚、したいな……」
「ああ」
ああ。結婚したら、今よりもっと見守りやすくなる。
腕の中にちんまり納まるニコラ様。ダンスで体があったまったのか、ほっぺたが赤く染まってら。突っつきたいのは我慢だ我慢。
一曲終わると、ニコラ様は親戚の坊っちゃんにダンスを誘われ、オレの手を離した。
音が混じってるようで、そうでもねー。輪ごとに違う踊りだが、遠目から見ると祭りみたいに楽しげでいい。ニコラ様が笑ってる。
「アンドレは、いつまで護衛気分でいるつもりだ?」
「義兄上、本日はおめでとうございます」
側に控えて突っ立ってたら、細面眼鏡のニコラ様の兄貴に声をかけられた。次期伯爵で異母兄弟の中じゃ一番上だが、オレより年下。なのに、こいつはアニウエ呼びしねーとうるせーんだよ。
「ニコラ様はご生母様に似て、日に日に美しくなります」
「うんうん、うちのニコラは世界一だよ、だから……」
「油断してはなりません。よもやお忘れではないでしょう、義兄上」
忘れんじゃねーぞ、兄貴。母子とも可愛すぎて、誘拐されかけたりなんだり、何度危ねー目にあったことか!
言葉は社交貴族モードだが、武人の威圧は隠さねーぜ。動揺して目をパチパチする兄貴。本日の主役と同母でニコラ様とはあんま似てねーが、ちと無防備なとこはソックリだ。オイオイ、しっかりしてくれ。
「でも、アレから、かなり落ち着いただろう?」
ニコラ様を暗がりに引っ張り込もうとしたエロ公爵を、オレが殴った。確かにアレ以降、実力行使にでる輩は減った。
身分? は? 関係ねーや。結局公爵家側が醜聞を恐れて、不問になったがな。肩の関節と腫れた顔だけじゃー、ニコラ様の涙に釣り合わん。
「ニコラは待ってるよ、アンドレ。もっと恋人らしく触れあって、それか……」
「……失敬!」
オレはニコラ様に駆け寄り、細い肩を引き寄せる。
「私の婚約者は疲れているようだ。失礼いたしましょう」
ニコラ様の手を握ろうとするヒヒジジイの手を、オレはにこやかに払う。
丸い目を見開いて、キョトンと見上げるなよ、ニコラ様。今可愛いのはマズイんだって。
「ほら、こんなに冷えてしまった。こちらへ」
そのまま相手に背を向けさせ、距離を取る。貴様には触らせん。この侯爵閣下は、断っても断っても伯爵家に求婚してきやがる。ニコラ様を愛妾に寄越せってさ!
ニコラ様は伯爵家全員に溺愛されてはいるが、産みの母は第一夫人じゃねー。庶子。外ではナメられる。力づくは減ったが、こういう邪な申し出は後を絶たねーんだ。
なぜか満足げな兄貴のツラを、ひと睨みする。オレは違う。エロオヤジじゃねーからな!
伯爵家は生粋の文官家系だ。ヒョロっとしてんのは構わん。だが、将来家のトップになって一族郎党守るんだろ。頭使って腹黒く強かに、スケベなオッサンどもをいなしてくれ。ひとつ頼むぜ、兄貴。
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