2. 市井の酒場◆婿視点

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2. 市井の酒場◆婿視点

『天使な年下婚約者が可愛すぎて困る』 「よぉう、アンドレ! 久々じゃねぇか」 「おう」 「何だぁ、しけたツラして」  話す気分じゃねー。オレが下町の酒場で一杯ひっかけてると、王都警備官時代の昔の顔なじみが方々から声をかけてくる。 「玉の輿のお坊っちゃまに、とうとう捨てられたかぁ?」  ぷはー、と酒息でため息をごまかす。 「うるせー」  うるせー、これでも仕事中だ。  後半部分をかろうじて呑み込む。只今絶賛潜入任務中なんだ。  とはいえ、真っ当な近衛の諜報任務じゃねー。そんな繊細な裏仕事は、脳筋なオレには無理だ。その道にはプロがいる。 「ひひひ、アッチが溜まってるんじゃねぇの?」 「アンドレ、婚約して十年も、ひんこーほーせーにしてるんだろ?」  お前らは知らねーだろうが、最近上の方が不穏なんだよ。いや、オレも詳しくは知らん。  平等派とか先進派とか名乗る輩が、お前ら平民の不満を煽ってる。うちの国は、家の団結が強い身分社会だ。ガチガチのタテ型。そりゃー不平不満はあるだろう。オレもある。大いにある。  だかなー、お前らを煽ってるのは平民の味方じゃねーんだ。平等とか謳っておいて、正体は金持ちの商人と一部の上位貴族だぞ。残念、要するに政争だ。  で、オレが市井で何してるかってーと。 「やぁだぁ! アンドレじゃないの!」 「近衛騎士に成り上がったイケメン様が、ねぇ、こんなとこでどうしたの?」  ほらキタ、昔遊んだオネーサマたちが騒ぎ出す。  オレの任務は、牽制、陽動、囮。王家直属の近衛騎士団がわざわざ下町まで来て扇動者を見張ってますよー、ってアピールをしてるわけよ。  団で唯一、下町の地理に明るく、顔見知りが大勢いる下流貴族。単独行動でもそれなりに強い。うってつけなオレ。 「ふふ、お久しぶりね。この後、またいかがかしらぁ?」  昔むかーし何度か抱いた女が、オレの肩をなでる。あの頃、オレはわかりやすく荒れてた。 「はじめまして、お嬢さん」  軽く笑って、とぼけてみせる。浮気するつもりなんかねー。ニコラ様が泣くじゃねーか。  ニコラ様は玉の輿のお相手で、くすぶってたオレを引き上げてくれた恩人だ。  なぜか全く理解できねーが、その婚約者は、二十も年上の同じ男のオレに惚れている。    狭い酒場を忙しなく動く店員に、強い酒を注文する。店の客全員分だ。 「オメーら、今夜はぜーんぶオレの奢りだ! 呑め呑め!」  イスの上に立ち、杯を高々と掲げる。よどんでた空気が、うぉーっという雄叫びで一掃される。  これで、当分ここには先進派の扇動者は集まらねー。一時しのぎだが、酒はお前らのうさ晴らしにもなるだろ。オレのモヤモヤ、以外は。  幼少から見守ってきたニコラ様が、どんなに愛おしくて可愛くて大切でも……その恋心には、応えられん。  オレは、男の体には勃たねーから。
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