3. 学園の踊り場◇嫁視点

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3. 学園の踊り場◇嫁視点

 踊り場の大きなステンドガラス窓から、柔らかな冬の日差しが降り注ぐ。薄い色ガラスの向こうは寒々しい裏庭だけれど、ここは暖かく、ぼくたち下級生の溜まり場だ。 「レア姫の御生誕パーティー、何着る?」 「毎年、加減が難しいんだよね」  ぼくは伯爵家の庶子。うちは他の伯爵家と仲が良く、政略結婚が網目みたいな横の繋がりを何代にも渡って作っている。子息たちとも幼馴染みの気安い交流が続いていて、今も情報交換に余念がない。 「今の流行りは手刺繍でしょ。僕たちはあえての刺繍なしで行こうかな、って話し合ってるんだ」  レア姫は側妃のお子様で、庶子にあたる。異母弟の王太子殿下の誕生日は公式行事で、ぼくたち子どもは招かれない。レア姫は毎年離宮に同年代の子息令嬢を集めて、パーティーを開いてくださる。  楽しみではあるけれど、庶子には王位継承権はない。公式行事じゃないから、正装を全力で盛るわけにいかなくて。でも王族だし、王宮に参上するわけで。 「俺は婚約者にドレスを贈らないで、バラバラのデザインで行く。ニコラんとこは?」  聞いた友だちが、ア、シマッタっていう顔になる。 「アンドレは近衛の正装だから」  ぼくはニッコリ笑ってみせる。  社交の場でぼくをエスコートしてくれる時は、アンドレはいつも竜騎士団の制服。婚約者や夫婦は衣装を贈りあったり、趣向を合わせたりする。ぼくはアンドレから貰ったことはない。  マリアがぼくのふわふわの金髪を、モジャモジャと撫でる。くすぐったい。 「だいじょぶ。おかあさまたちのせいだから」  確かに、アンドレのご実家はさほど裕福ではない男爵家。しかも五男。でも、贈り物がないのは、ぼくに着る余地がないからだ。  ぼくにはおかあさまが二人いる。ぼくを産んでくれたのは愛妾の母。正妻の伯爵夫人と母の仲は良好で、良好すぎてニコイチ。二人のおかあさまは、ぼくを甘やかすのが生きがいになっている。  母もぼくもとっても可愛い。ちょっと赤味がかった鮮やかな金髪。ぱちりと大きなおめめを、長く縁取るまつ毛。淡雪のすべらかな肌に、何も塗らなくても朱い唇。華奢で小さな体つき。  最近は財力をつけてきたおにいさまたちも加わって、ぼくは着せ替え人形だ。 「それなら、こんなのはどうかな? きっと、おばさまたちもお気に召すと思う」  おしゃれに関しても情報通なマリアが、ぼくの衣装にアドバイスをくれた。  うん、これならアンドレも見惚れてくれるかも! ◇ ◇ 「お迎えありがとう、アンドレ。その……どう、かな?」  ぼくは小さくクルリと回って、なかなかの出来栄えの衣装を見せる。 「ああ」  一言だけ発して、アンドレはぼくの腰をサッと引き寄せた。一瞬ドキドキしたけれど、もうぼくには目を向けてくれない。  学園付属寮の玄関ホールは、同じパーティーへ向かう生徒でごった返している。アンドレはぼくの安全を確保してくれただけ。 「似合わない?」 「いや」 「そっか……」  エスコートだけで満足しなきゃ。一緒にいてくれるだけで、幸せだもん。ぼくを見てくれなくても。
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