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7. 深夜の路地裏◆婿視点
つけられてる。
潜入先の酒場を一人出て、酔い醒ましに冬の夜空をてくてく堪能してたら、二つの足音。これは素人さんだな。殺気が全く隠れてねー。
先進派が荒事を起こすのは、もっと先のはずなんだが。上司からは何も言われてねーし、社交場の空気もまだ熟しちゃいねーのに。
王都の夜は眠らん。窓明かりには人の気配。通りには無害な人々がまばらに行き交ってる。人攫いや盗賊が跋扈してるわけじゃねー、比較的平穏な街。
さてどうすっか。思案しながら大通りをぶらつくうちに、二人が四人に増えてら。これは、ムカつく貴族をヤッちまおうぜ! って突発的に尾行を始めたんじゃねーや。計画的なヤツだ。
まとめてふん縛って警邏に引き渡すのは簡単だ。たがなー、それはしたくねー。どっちかっつーと、オレはこいつらの側。不満な気持ちがわかるんだよ。
ニコラ様と出会ってなかったら、一介の警備官のまんま騎士爵位を賜ることもなく、オレはそのうち平民だった。親が兄に代替わりする時、五男のオレには譲れるもんがそもそもねーんだ。
はぁ。月がキレイだ。
オレにだって不平不満があるっちゃーあるんだが、近衛に入って王族を間近で見て、初めてわかったこともある。このガチガチ身分社会、上手く回ってる。意外や意外、腐ってねーんだ。
ニコラ様の幸せを守るってのを、オレは最優先で考える。今の体制を覆すのは下策だ。
特にテオ王太子殿下。ありゃー天才だ。下半身と貞操観念はゆっるゆるで自由すぎるが、先進や平等を名乗るだけの御方ではある。王国全土に幼年義務教育を施行したのは、未成年の殿下だぞ。スゲー。
おむつの取れた子なら身分問わず誰でも、新しく建てた幼年学校に受け入れる。朝飯も昼飯もタダで食えて、読み書き計算それ以上をタダで教えてくれる。病気にも対応してくれるらしい。
貴族が学園に通う年頃は、平民ならいっぱしの働き手。だから、その前に集めて教育しようってハラだ。ニコラ様がオレの年齢になる二十年後には、国力爆上がりしてるだろ。
まーこのために、税は上がった。チビどもがいねー家には、恩恵ゼロで単純に重税。既に幼年じゃねー無学のもんは、切り捨てられてて文句も出る。
なーんて考えてたら、気配が八人に増えてるぞ。倍倍。
あーアレか。平民のこいつらをお貴族様のオレがボッコボコにして罰したら、更に皆の不満が煽られるっつー作戦か。
は? 黒幕は、こいつらを捨て駒にする気か? 平等が聞いて呆れる。
王太子殿下はくだらねー政争派閥の頭に、どーして担ぎ上げられてんだよ! 天才とバカは紙一重か!
「はぁ……やってられっか!」
オレは大通りから勝手知ったる王都の路地裏へ、スッと身を翻す。わかりやすく、これ見よがしに。焦ってゾロゾロついてきやがる。
オレは今度は気配を消す。道端に転がってるガラクタを足場に、ヒョイっと路地脇の壁を登る。屋根上に身を潜めやり過ごす。焦ってワイワイ言いながら、オレを探してら。素人さんめ!
んで、再び別の路地の入り口に姿を晒し、引きつけて誘導する。ゾロゾロ。ヒョイ。ワイワイ。これを繰り返すと、いつの間にかまた増えてた十六人は、列になって前後に長ーく伸びる。
よし、あいつだな。
「ヨッ!」
「わああ! 何すんだテメー」
リーダーだろうなって目星をつけた男の目の前に、オレはポンッと飛び降りる。軽く片手を上げ挨拶して、その手で男の武器をスパンと叩き落とした。
「クソッ、ヤッちま……うわあああ!」
素手で迫るリーダーを、オレはお姫様ダッコ。
いや、意識のある人間を肩に担ぐのは背中が危険なんだよ。リーダーはガタイがいい。ちゃんとした職人なんだろうな。抱きしめるのは全くもって不本意だ。が、お姫様をギュッと捕縛し、オレは路地裏を全速力で駆けだした。
「ひゃあああ! どこ行くんだああ降ろせぇえええ!」
他のヤツらの追跡を撒いて、オレは行きつけの酒場の扉を体で開けた。
「おや、アンドレ。いらっしゃい!」
「酒だ、一番イイ酒よろしく頼む」
お姫様を優しく椅子に置いてやる。
「さーて、リーダー。今夜は仲良く飲み明かそーぜ!」
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