別れるのは、なぜ?

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別れるのは、なぜ?

俺は、何の前触れもなく妻に離婚届を差し出していた。 「何故?私、悪い事した?」 「君は、何も悪くない」 俺は、そう言って妻に笑いかける。俺の名前は、三笠優之介(みかさゆうのすけ)。名前の通りの優しい人間にずっとなりたかった。しかし、なれなかった。 彼女の名前は、美優(みゆう)。名前の通りの優しい人間だった。俺は、美優といると辛くて悲しくて惨めだった。 「どうして?優君。何で別れるの?結婚して七年だよ!うまくいってなかった?」 泣きながら俺を見つめる美優を無視するように、俺は印鑑とボールペンを差し出した。 「間違わないように書いてくれ」 「嫌よ!別れたくない」 「それは、もう出来ないんだ」 俺はそう言って、美優から目を反らすように俯いた。 「どうして?」 「書けたら呼んでくれ!部屋にいる」 俺はそう言って、ペットボトルのお水を取ってから部屋に行った。 美優と俺は、喧嘩をしては別れ話を繰り返してしまうような夫婦だった。それでも、美優の優しさに支えながら何とか今日までやってきた。だけど、もう完全に駄目だと気づいた。 それは、昨夜の出来事だった。 仕事から帰宅してお腹がペコペコだった俺は、帰宅早々、美優を怒鳴り付けた。 「お腹がすいてるのに、何でまだ出来てないんだよ。信じられないよ!最低だよ!帰宅するまでにどれだけあったんだよ」 「ごめんなさい」 美優が、カタカタ震えてるのがわかった。それは、初めてみる姿だった。あっ、もう別れよう。胸がチクリと痛んだけれど…。そう思ったら、もう止める事は出来なかった。今さら、浮気など出来やしなかった。暴力を振るうなんてのも出来なくて…。朝起きてからすぐに、持っていた離婚届を差し出すだけで精一杯だった。 俺は、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。 昔から、すぐに怒ってしまう性格が大嫌いだった。占いに行くと怒りやすい事、もう一個これがあってここが違えばDVをする人だったよと言われた。「そうですか…。」そう呟いてから、俺は考えていた。 占いでわかってしまう程、俺は怒りっぽい性格なんだな…。優しくなりたくて、優しくなれるように一呼吸置いて話したりもした。だけど、空腹になるとそれがどうもうまくコントロール出来なかった。 だから、俺はなるべく空腹にならないように水を飲んだり、飴をなめたり、ガムを噛んだりしていた。 怒りは、コントロールするものだと思ったからだ。そのお陰で、何とかここ数ヶ月は突然怒ったりなどせずに耐えてきていた。 それが、昨夜の俺には出来なくて…。久々だったからか、もう限界だったのか、震えた美優を見て。 この結婚生活は、美優を不幸にすると思った。お別れしようと思いながら、また一年やり過ごしてしまうよりは、最初から別れてしまう方がいいと思ったのだ。 俺は、きっとこの先もあの美優の姿を忘れないだろうし、一度出たものはもう一度出る。 俺には、わかる。 だって、あの人がそうだったから… コンコンー 「はい」 「優君、書けたよ」 「ありがとう」 涙でずぶ濡れな美優の顔を見つめながら、俺は離婚届(それ)を受け取った。 「本当に私達もう…」 「ごめん」 その言葉しか伝える事が出来なかった。 「わかった」 美優もまたそう言うしかないような顔をしながら呟いていた。 「明日出しに行くよ」 「もう、出すの?」 「ああ。こういうのは、早い方がいい」 「わかった」 パタンと扉を閉めて、美優がいなくなった。 美優は、何も悪くなどない。 悪いのは、全て俺だ。 自分の中を流れる血が、憎くて、憎くて、堪らなかった。 俺は、大嫌いだったあいつにいずれなってしまうのだ。 さよなら、美優。 次の日、俺は市役所に一人でやってきて離婚届を提出した。 帰宅途中で、花屋さんを見つけた。そうだった、明後日は本当なら結婚記念日だった。 俺は、意味のわからない事をしていた。 帰宅すると一目散にリビングへ向かう。 美優が、リビングで荷物の整理をしていた。 「美優」 「お帰りなさい」 「離婚届を出してきて、こんな事を言うのは頭がおかしいと思うが…」 「何?」 美優は、整理する手を止めて俺の近くにやってきた。 「次は、ちゃんと出来るかも知れない」 「どういう意味?」 「結婚して下さい」 俺は、真っ赤な薔薇の花束を美優に差し出した。 「優君」 「俺、優しい人間になるから…。次は、ちゃんとやれるから…」 「優君は、優しいよ」 「優しくないんだ。俺は、美優を傷つける。すぐに、怒ってしまう」 「そんなの気にしなくていい」 「駄目なんだよ。気にしないと…」 美優は、俺の手から花束を掴んだ。 「さよならの花束を受け取りました」 そう言って、美優は笑った。 「えっ?」 「これは、新しい優君と私が結婚するって事でしょ?だから、さよなら。昨日までの優君」 俺は、その言葉に美優を抱き締めていた。 「さよなら、美優」 そして、俺はもう一度美優に言う。 「これから宜しく、美優」 美優は、泣きながら俺の背中に手を回した。 「はい、優君」 俺は、名前の通りの優しい人間になりたい。 だけど、ずっと、うまくなれなかった。 どうする事も出来なくて、離婚届を出した帰り道。 立ち寄った花屋さんで、さよならの花束を買った。 なのに…。 帰宅した俺は、一目散に美優を見つけてプロポーズしていた。 優しくはなれない。 だけど…。 美優を離したくはなかった。 さようなら、昨日までの俺。 これからは、名前の通りの優しい人間になれますように…。
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