第一話・出逢い

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第一話・出逢い

十一月 朔日(ついたち)、今朝は秋を飛ばして冬の冷え込みだが、季節は行きつ戻りつしながら進んでいく。だがそれは今は朝の内だけだ。それでもいつもより低い気温に、彼は暖かい布団の中で極楽を決め込んだ。つまり会社をずる休みしてしまったのだ。余りにも優柔不断過ぎて、人生を甘く見過ぎている訳でもないが、彼は彼なりに仕事はキチッとやる。言い換えれば暇な時は今朝のように「まあええか」となる。裏を返せばどうしょうもない男だけに、まだ若い彼の人生は、春より夕闇が待っているのは確かだろう。だけど人は元来は怠慢な生き物なのだと理屈を付けて眠りを貪る。これではどうもがいても理想の人を見つけても追えるはずがない。だが彼の恋は純粋で純情派でも在り、その取り柄だけで世間に何とか縋り付いて生きている。 今年は毎日が秋の長雨で鬱陶(うっとう)しい日々が続いた。そこへ停滞する雨雲を追っ払うように先日の台風がすっかりと秋を運び去った。それでもまだ冬には早過ぎて時間が経てば、日差しも伸びて暖かさを通り越して仕舞う。歩くには丁度良い天候に誘われて、今日は久し振りの平日をノンビリと市内に出た。  予定しないで訪れた休日を彼は愉しむ。しかも平日は彼の住むアパートもそうだが、町中で出くわすのは老人と主婦業とおぼしき非生産性の角が立たない人々ばかりだ。だから十分に外見を観察していても特に目くじらを立てる人もいない。この快感に飽きてくると「日曜日は若者で溢れているのに何だこの町は」と逆に淋しすぎると、叫んでみても周囲には彼と同じ若者がいないのに変わりはない。  そこで同じなら今日は神社仏閣を巡ってみるか、山はともかく平地では紅葉にはまだ早い。しかし此処にいつまでも何の考えもない子供の心理でじっとしていられず、彼は北白川へ行くバスに乗ってしまった。 走り出したバスは爽快に町並みを掻き分けて進み出すと、今まで感じなかった疲労が足からぞっと湧きだしてしまった。此の疲労感に安らぎを与える座席がなんと心地良い。降りるのが辛くなる心地良さだ。しかし終点まで行けば帰りが大変だ。バスが進めば進むほど、疲れが癒やされる心地良さに、反比例するように帰りを考えると精神が病んで来る。早く降りないと思えども矢張り歩くのは嫌だと云う心の叫びに闘いながらも、曼殊院道を知らせる案内音声で別のモードにスイッチが入ってしまった。彼はそこで反射的にバスから飛び降りた。
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