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まぁ、これも先輩なりの心配みたいな感じなんだろう。先輩には小さい弟と妹がいるし、ちょっと心配性なのかも。推しに心配してもらうなんて贅沢だな、俺。
ということで何も言わずに従っていると、こちらを少し振り返った神崎先輩が静かに言った。
「仲が良いんだな」
「っえ、あっはい、そ、そうですね?」
お、おおう、急にこの人無表情で話しかけてきたよ。何考えてるのかさっぱり分からないけどどえらい美形から話し掛けられると普通に緊張する。ウワ、変な返ししちゃったよ俺。くっそ生意気。
なんて心中顔を覆っている俺を気にした様子なく神崎先輩が彗先輩の方をチラリと見る。
「氷室、彼は君の後輩か?」
「………まぁそんな感じだ」
「そうか」
淡白に返した神崎先輩はまた前を向くと、静かに歩いていく。横顔をチラリと見るが、相変わらず人形みたいな真顔だ。ものすんごい美形だから、それでも十分絵になるけど何考えてるか分かんないからちょっと怖いな。
だけど、神崎先輩って冷徹クール堅物イケメンだと思ってたけど意外と話し掛けてくれるんだなぁ。てっきり俺みたいなやつは視界にすら入ってなくて話すチャンスとかないものだと思ってた。
そんなことを考えながら2人に先導されるようにして歩いて旧館を抜け、本館の保健室前に着いた。神崎先輩が慣れたようにノックをする。
「失礼します、風紀委員長の神崎です」
「はい、どうぞ〜」
柔らかい声音の応答が聞こえてくると、すぐに神崎先輩が扉を開けた。同時に先輩がゆっくりと手を離す。あ、もう着きましたもんね、案内ありがとうございます。推しの手の温もりが愛おしいぜ…んふふ。通報しようとした人正直に手上げてー!!やめてね。俺は公式的な変態だから。(?)
この学校は基本的にどこも派手で豪華なので保健室もさぞ豪奢で煌びやかなのかと思ったら、それはないようで普通の保健室のベッドがある白い清潔感に溢れた部屋だった。ただし、普通よりも断然広い。ベッドが何個置いてあるんだ…??最低十個はありそうだ。
珍しそうにキョロキョロしていると、奥からパタパタと若い男の人が出てきた。優しそうなタレ目で、肩くらいの柔らかそうな髪をハーフアップにしている癒し系美形である。白衣を着ていることから、この人が保健室の先生っぽい。その癒し美形が俺の方を見て、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
「初めまして、僕はこの学校で保健医をしてる柊早苗って言います。神崎君から話は聞いてるよ」
「あ……俺は、成瀬です。成瀬要」
「要君っていうんだね、素敵なお名前だ。あ、早速だけどそこの椅子に座ってもらってもいいかな?」
「あっ、はい」
うわぁこの人の笑顔すっごい安心するなぁ、なんてぼーっとしている間にぎこちなく自己紹介を済ませると先生の前の黒い丸椅子に座るよう言われたので大人しく腰掛ける。すごい、なんか保健室というより病院に来た気分。
「ちょっと滲みるけど我慢してね」
「あ、はい……〜〜っ!!?」
何も考えずに返事をしたら想像の10倍くらい痛くて悶絶した。いってぇえええ!?き、切れてるからか……ううっ、目が覚めるような痛み…。
「はい、消毒完了、よく頑張ったねぇ」
にこにこと柔和な笑みを浮かべて柊先生が俺の頬と口元に絆創膏とガーゼをペタペタ貼ってくれる。よく見たら擦り傷があったらしくて膝とかも容赦なく消毒された。し、滲みる…うう…。
腹は服を捲って見てもらったが、先生がその時俺の脇腹にあった古い手術痕にびっくりしていたのでこそっと事情を耳打ちをしておいた。先輩方2人には位置的にも見えなかったみたいだ。先生はすぐに察してくれたみたいで、すごく悲痛そうな顔をしながら腹の打撲を見てくれた。骨まではやってないらしいので、湿布を貼るだけで済んだみたいだ。
手当てが一通り終わると柊先生が心配そうに俺の顔を覗き込み、頬にそっと指を伸ばした。
「痛かったでしょう?これ……こんなに赤くなっているし、切り傷も多い。怖かったのに、よく頑張ったね…」
「はは……ちょっとだけ。でも、今はもう、手当していただいたし、俺は大丈夫で…」
それに少しだけ曖昧に笑って答えようとする。しかし、俺の言葉を聞いていた神崎先輩が目を細めて俺の方を見て、遮るように言った。
「君は、手当ての他にカウンセリングを受ける必要もありそうだ」
「……はい?」
え、急になんか頭の状態を疑われた?と首を傾げる。すると、アメジストの瞳がゆっくりと俺の目を貫いた。
「体が震えている」
「え、…………ぁ、なんで、」
言われて初めて、手が震えてることに気がついた。
思わず、愕然とする。
あ、あれ、なんで。
おっかしいな。
別に寒くないのに。
もう、大丈夫なのに。
......そりゃ、さっきはちょっと怖かったけど、でも、もう助けてもらったから。薫さんも、彗先輩も、風紀の人だって来てくれた。
だから、もう大丈夫なのに。
だい、じょうぶ、なはずなのに。
「助けが遅くなってすまない」
ただ一言、真剣な顔で、けれど少しだけ申し訳なさそうな、そんな声音でポツリと神崎先輩に言われて何故か震えが大きくなる。彗先輩が悔しそうな顔をして、手首にやっていた手でそっと俺の手を取って繋いだ。
あったかかった。瞬間、つ、と生暖かい雫が頬を滑る感覚があって、あ、くそ、と俺は思う。
なんで、今ごろ、こんなの。
先輩が俺の顔を見て、ぐ、何かを堪えるように表情を歪めた。
「要………悪かった。俺が、守れなかったから」
「っ!、ちが……」
なんで、先輩は悪くないのに。
なのに、頬を滑る涙は止まらなくて、ぽろぽろと流れていく。先輩と繋いでない方の手で涙を拭いながら、首を振る。違う。違う。俺が悪いのに。先輩は行くなって言ったのに、言ったのに。
「せ、せんぱっ、…せんぱい、俺、ごめんなさいっ!」
謝罪の言葉がつっかえつっかえで口から飛び出した。
────ほんとは、こわかった。
気持ち悪くて、怖くて、とにかく嫌で仕方なかった。
前世でもあんなこと経験してない。今世だって、まさかそんなこと考えたこともなかった。きっと油断してて、俺は知らなくて、だからそれで俺は怖くなってしまった。
だけど、薫さんや彗先輩や風紀の人たちが来てくれた時すごく嬉しくて。
なのに今、彗先輩は辛そうな顔をしてて、神崎先輩は謝ってて、先生は悲しそうで。
違う、俺はこんな顔をさせたかったんじゃなくて、
ああそうだ............だから俺は、伝えなきゃ、いけない。
ありがとうって、みんなに。
「要……大丈夫、大丈夫だ」
小さい子に言いきかせるように言いながら彗先輩が俺をそっと抱きしめて、先生が慰めるように頭を撫でた。神崎先輩がタオルを手渡してくれる。
それがすごくすごくあたたかいものに思えて、だからこれは、安心して流れた涙なんだと俺は自分に言い聞かせた。もう大丈夫なんだ。俺の周りにいる人が、こんなに俺を心配してくれてる。みんな優しくしてくれてる。
それはすごく、嬉しいことだった。俺にはもったいないような幸せで、ありがたいことだ。
「……たすけてくれて、ありがとう、ございましたっ」
ぐしぐしとタオルで顔を拭いながら笑ってやっと言った。笑顔を浮かべておけば自然に幸せな気持ちになるのよって母さんが言ってた。確かに、大丈夫なような気がしてきたから、母さんはやっぱり俺の女神で心のオアシスなんだろうな。
神崎先輩が、驚いたように目を瞬いて俺を見つめる。まるで、思ってもみなかったと言っているような顔でじ、とこちらを窺った。
「………君は、」
小さく呟いて、そのアメジストのような神秘的な瞳が俺の目を射抜く。すごく澄んでいてキラキラしていて綺麗だったので思わずまじまじとそれに見惚れる。本当に宝石みたいで、だから俺は意図せずじっと神崎先輩の言葉を待っていた。
しかし、続く言葉が発せられる前に彗先輩が怒っているような口調で被せた。神崎先輩がハッとして、口を噤んだのが見えたけど、直後に優しい衝撃が頭に直撃してお小言が降ってきた。
「………二度とこんなことすんな」
「へへ…ごめんなさい」
心配しただろうが、とムスッとした顔でお叱りを受けて、頭を小突かれる。
だけど、それすらもう嬉しくて、俺はだらしなく笑った。
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