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放課後、真っ白い引き戸をそろりと開けながら声を放る。
「失礼しまーす…」
成瀬です、と顔を覗かせると、ふわりと花が咲くように顔を綻ばせた美形が目に飛び込んできた。
「ああ、いらっしゃい、要君」
「!、先生!!」
その柔らかい表情に俺もホットココアを飲んだみたいに安心して、思わずパァ、と顔を輝かせる。
俺は今、放課後の保健室を訪問していた。
あの事件でお世話になって以来、俺は傷の経過と先生の計らいで放課後に保健室に寄ることになっている。それは3日経った今でも変わらず、俺は今日も柊先生の元を1人で訪れているというわけである。
いつもみたいに椅子に座ると、先生が俺の頬のガーゼに触れてゆっくり剥がす。大人しくそれを受け入れていると、傷の具合を見た先生がほっとしたように微笑んだ。
「うん、順調に治ってきているね。腫れもほとんど引いてきたし、後は傷だけだね」
「先生のおかげでもう全然痛くないです!!ほんとにお世話になりまして……」
「こ〜ら、そういうことは完治してから言いなさい……お腹、まだアザになってるでしょう?」
め、と眉を八の字にする先生の言葉に少し罰が悪くなる。促されて仕方なく服を捲り上げれば、柊先生はよくできました、と朗らかに笑いながら診察してくれる。紫っぽくなって広がる血色の悪いそれに触れられ、まだ痛いかとか、熱を持ってるかとかそういう質問をされて簡単にそれに答えた。
擦り傷とか切り傷はだいぶ治ったものの、この腹のアザだけは中々治りが遅い。俺が思ってるよりも結構重い攻撃が入ったらしい。先生がくれた湿布を風呂上がりに変えてるけど、毎日睨めっこしてもイマイチ見た目が良くない。湿布の匂いが染み付きそうなくらいまである。やっぱ俺みたいなインドアに喧嘩とか圧倒的不向きだったんだ…俺だってまだピッチピチの16さい⭐︎なのに再生能力追いついてないんだが?
「ん〜、まだ当分は湿布を貼る必要がありそうだね…」
「うへぇ……湿布かぁ」
そろそろすれ違っただけで湿布臭が香りそうなレベルだな、と俺は顔を顰める。やだよ俺、湿布臭い高一なんて……教室で隣の席の子に『なんかこいつ湿布クセェな』とか思われたらしんどい。お年寄り認定されるかもしれん。
なんて眉間に皺を寄せる俺の考えをすぐに読み取った先生は少し苦笑いする。先生の手のひらが俺の頭を撫でた。
「大丈夫、そんなこと誰も思わないから。それに、貼った直後は少し匂うかもしれないけど、大体3時間くらいしたらほとんど匂いが分からなくなるから」
え、そうだったの!?
俺大体風呂上がりに貼ってその後寝てたから気づかなかった…てことは寝てる間にほとんど薄れてたのか。なんだ、杞憂じゃん恥ずかし。でもよかったぁあああ、これで俺がお年寄りみたいに思われることもないよな!!
途端に元気になる俺に、柊先生は静かに笑った。要君は気にするところがいつも面白いよね、なんて言われてあははと今度は俺が苦笑いした。いやまぁ、その、俺一応中身23歳男性なのでね、うん。え?その割に精神年齢幼いって?うわ、傷ついたー!!俺泣いちゃった!!
「それじゃあ追加の湿布とガーゼを出してあげるね。とりあえず湿布は2週間分くらいかな」
「あ、ありがとうございます!」
「は〜い、どういたしまして」
ジップ付きのパッケージの湿布を受け取ってお礼を言う。すると先生はにっこり笑って返事をしながら席を立った。そして給湯室に引っ込み、マグカップを二つ持って戻ってくると、デスクのすぐそばのベッドの上をポンポンした。その仕草に素直に近寄り、ベッドの淵に腰掛けると、先生はマイナスイオンでも出てそうな優しい顔で笑った。
「今日も僕の相手してくれる?要くん」
これは保健室に来ると毎回ある恒例行事みたいなものだ。先生が飲み物を入れてくれて、ベッドに腰掛ける俺とお話をする。ただそれだけ。
先生は俺と対話することをカウンセリングとは言わない。いつも自分が俺と話したいみたいに言って会話を始めて、話の内容も雑談しかない。あったかい紅茶やココアを飲みながら、たまに内緒でお菓子もらったりして、クラスであったこととか、先生のこととかを談笑するだけ。でも、それが結構楽しくて、何より柊先生が癒してくれてる気がして俺は大好きだ。
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