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「…………これが、フラグかッ…」
はっきり『逃げ』と印刷された紙きれ片手にがっくり項垂れる。隣で『鬼』の紙を持った深春がオロオロしたように声をかけてくれる。
「げ、元気出して成瀬君…!!」
「くぅッ……2分の1を舐めてたッ…」
「なになに、かなめん鬼が良かったの?」
深春と同じく鬼を引いた夏木がニヤニヤしながら聞いてきたので、それに顔をあげて肯定する。
「当たり前じゃん…そりゃ逃げか鬼なら鬼の方がいいわ」
だって、その方が状況的に有利だし、何より俺みたいなモブは新入生歓迎会が終わるまで自由気ままにまったり傍観してた方がいいに決まってる。え?何を傍観するかって?そりゃまぁ腐男子たるものやっぱり、よそ様の恋模様とかちょっと見たい。もちろんその辺のモブAとしてね?何なら鬼という役割を利用して当て馬にされるのも全然可。そして恋のキューピットに、俺はなる!!!
とか思ってたのに!!!!!
逃げだって!?逃げってのは可愛いチワワ系男子とか学園屈指の人気者がならなきゃ意味ないだろうがぁあああ!!!そして持ちつ持たれつ組んず解れつしてくれ!!!ってか夏木は未来の生徒会会計で人気生徒のはずなのになんで鬼なんだよちくしょう!物理法則並みに普遍的事実なのになんで追いかける側になってるんだよ!!くっそふざけんなよ、可愛い可愛い美少年生徒とか追いかけて「捕まえたよ、俺の可愛い子猫ちゃん」とかするんですねわかります!!!(情緒不安定)
クッ…とハンカチを噛まんばかりに押し寄せる躁鬱と闘っていると、何やら深春と夏木が2人で目配せしあって、キラキラした目でこちらを見てきた。
「ってことは……成瀬君捕まえたかった人でもいるの!?」
「キャーかなめん大胆〜!!でも俺そういう積極的なコも好きよ?当てよっか、2年の氷室センパイっしょ〜?熱愛だったもんね!!!」
「はぁあああああああ!?!?」
あまりのトンデモ推理に思わず大声を出してしまい慌てて口を塞ぐ。幸いなことにみんな各々盛り上がってたからこっちの会話が聞こえなかったらしく不思議な顔をしていたが、俺は声の音量を落として叱った。
「バッカ何言ってんだ2人とも!!彗先輩とはそんなんじゃねーし、そもそも俺は捕まえたかった人とかいねーから!!!単純に鬼の方が自由に動けて楽そうだなって思っただけだから!!」
「えーつまんねーの〜。そんなこと言ってさ、ほんとは氷室センパイのこと好きなんじゃないの?ねぇみはるん」
「深春を巻き込むなパツキンチャラ男……何度も言うけど彗先輩とはそんなんじゃないから!あの人は、なんというか、俺の推しみたいな人で…心情的にはアイドルとか、俳優のファンの人と近いっていうか…とにかく、Loveとかじゃなくて、応援したくなる人なんだよ」
頬を掻きながら吃る俺を、生暖かい目で深春と夏木が見る。君達全っ然信じてないなその顔!?
仕方ない、俺の布教能力……いや、推しへの愛を存分に見せつけてやろう!!俺の俺による氷室彗への推し愛をな!!!
「いいか2人ともよく聞けよ……彗先輩はな、一見クールに見えるかもしれないけど、いやもちろんそのクールなところもかっこいいけど、とにかくそのクールな一面に隠された優しさが半端っなくかっこいいんだよ!!!口悪い冷血漢とか言ってるやつ偶にいるけどそいつらは何ッッッにも分かってない!!本当は誰よりも優しいからこそのあの口の悪さ!!そう、あの少し乱暴な物言いは全部優しさが他人にバレないようにカモフラージュするためのもので、逆に言えば口の悪さに俺達は助けられてるんだよ!
いいか、想像してみてくれ、もしあのルックスで、優しくて、口調も柔らかかったらどう??もうそれって王子様じゃん?ただのイケメンじゃん?っていうかそもそも顔面偏差値天元突破だし、そんなんもう尊すぎて卒倒するじゃん?当然だけどファンも激増、カンブリア紀の大爆発より増えちゃって興奮して二酸化炭素が増えて地球の温室効果が上がって表面温度50度くらいになっちゃうだろ!!!
だけどそこに口が悪いというあえて大概の人によってはマイナスになるであろう要素が加わることでなんとか!!ファンの激増を抑え、卒倒することを阻止して俺たちの人命を救助してるんだよ!!!しかもここで思わぬ副産物なんだけど、なんと口が悪いながらも垣間見える優しさによりツンデレという新たな属性が…!!ごくたまに見せる笑顔、優しさ、気遣い、そして誠実さ…イケメンでツンデレとかなにそれ最強かよ、そんなんもう推すしかないだろ地球の中心で推しへの愛を叫ぶわ!!!」
とここで一旦一息吐いて、第二ラウンドに到達しようとすると夏木が片手を挙げて横槍を入れてきた。その隣で深春がハワワ、という顔をしている。
「あのーかなめん…?」
「やっと俺のこの気持ちが、推しへの果てしない愛だと理解した!?言っとくけどこれまだ全然語りきれてないから、これから第二部突入だから!!俺から彗先輩への愛とかいう名前の邪念じゃないから!!推しへの愛であってLoveとは天と地ほどの差のある────」
「……第一部も第二部もいらねぇよ、アホ。語るな」
「エッ」
もう何回も既視感を覚えてもはや最近夢に出るようになってきた展開にぴしりと固まり、ギギギ、と首だけで振り返るとあらなんということでしょう、俺の推し様彗先輩が入口に立っているではありませんか。
「な、なんっ、なんで先輩がここにぃ!!!!」
怒りで顔を赤くした彗先輩が「用事以外に何があんだよ」と呆れたように言う。あっ今日も最高に麗しく完璧ですね先輩、どこから見てもビューティフル。もうこれは生きる国宝に違いねぇ。この顔面が好き2024ランクインだわ。
突然の人気者、しかも上級生の登場に沸く教室を特に気にした風もなく彗先輩は早く来いと俺を呼ぶ。え、え、え。
「かなめん行っておいでよ!!!ほらほら俺たちのことは気にしないでさ、ほら!!!」
「うん!!!!全然気にしないで!!!」
いやちょっ、えっ、あの……。
満面の笑みを浮かべて俺の背中を押す深春と夏木に1人ついていけずにされるがままに彗先輩のところに行く。めっちゃニヤニヤしてんじゃん2人とも…絶対変な方向で捉えてるだろ。
しっかし俺、彗先輩と会う時いっつも恥ずいとこ見られてないか???なんかもう布教してるとこしか見られてないんだけど。本人登場ドッキリ多すぎ案件なんだけど。
少し教室から離れた廊下の一角まで歩いたところで、彗先輩が足を止めたので俺も立ち止まり、尋ねてみる。
「えーと、それで俺に用事っていうのは…?」
すると、先輩は少し言いづらそうに目を彷徨わせた後に、小さく口を開いた。
「……新入生歓迎会、あんだろ。お前、鬼か逃げかどっちだ」
「え、逃げです」
え、先輩まさか俺を捕まえようと…???とアホすぎる思考に到達しかける俺に先輩は若干安堵したような、顔を顰めたような複雑な顔をした。
「俺と同じか……」
「え」
先輩も逃げなんですか!!?何それお揃いとかちょっと嬉しい…うへへ。と、その時、先輩がガシッ、と俺の肩を掴む。えっうおおおお推しの手が俺の肩に触れてるやばいやばいやばばば──
「要、新入生歓迎会、俺と一緒に行動しろ」
「…………ば?」
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