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青い空、燦々と光る太陽に、少しぬるい風。走ったら程よい汗でも出そうないい晴天である。
新入生歓迎会が始まった。
俺達生徒は全員体育館に集められて、開会式にて改めてルール説明や注意事項を聞いた。生徒会が説明する、アレである。生徒は並ぶ時から鬼側と逃げる側に分けられてて、俺の周りには逃げの人しかいなかったけど、全員もれなく生徒会とか風紀に声援送っててびっくりした。いやーやっぱ生徒会ってすごいわ。
みんな逃げでがっかりしてるのかと思ったけど、意外とそうでもないらしく、逃げは逃げで『何とか様に捕まえられたらどうしよう!!』みたいな感じだった。すげぇ、シンデレラ症候群みたいになってら。
ちなみに、生徒会の皆様は確定で逃げである。生徒会の人気は桁違いだから、生徒達がやる気出た方がいいだろうってことで代々そう決まってるんだって。めっちゃ大変じゃんか、生徒会。この制度謎に生徒会に不公平じゃないかってことで過去に変更案が何度か出たらしいが、結局今年も伝統に則っているらしい。ぜひこの歓迎会中逃げまくってほしいところだ。
開始の合図が鳴って30分後に鬼が行動を開始することになっているので、逃げる側は30分の間に移動して隠れなくてはならない。
結構隠れる時間があるように感じるだろ?
しかしこれが意外と少ない。何せこの学園、アホみたいに広いのである。テーマパーク並みの敷地で30分は正直近場にしか隠れられない気がする。まぁ、これはそれだけ鬼の方も探しにくるのに時間がかかるってことだけど…それでもまぁこの学園の人数半端ないし、絶対見つける側が有利には違いない。
あ、そうそう、それで肝心の俺なんだが、
「…こっちだ。ついてこい」
ファーンと開始の合図が鳴った瞬間から俺は彗先輩に回収されておりご覧の通り手首を掴まれながら移動中である。配役的にはリードのついた犬かな。まぁ、俺は彗先輩と颯斗に犬になれって言われたら喜んでなるからいいんだけどね!!
ただ、俺たちが2人で消え行くの見てキャーキャー言うのは完全な誤解なのでやめて頂きたい。協力関係にあるのでね、俺たちは!!!俺は先輩に逃してもらい、俺は先輩のいい人を探しくっつけることでお礼する。うーん我ながら完璧な恩返し。天才かな???
先輩は迷うことなくさっさと歩いて行ってしまうので、愛犬と化した俺はそのすぐ後ろを手を引かれながら着いていくだけである。いやー全然知らない校舎の裏口扉みたいなとこ何個も通って塀も越えて物も退けて歩いたり走ったりしゃがんだり、気分は完全に冒険家である。おかげさまで周りの景色は完全に知らないものになっている。せ、先輩の記憶すげぇ……。
と、ここでようやく先輩が足を止めた。
「……着いた」
辿り着いたのは、本校舎からかなり離れた位置にある、旧館の間の庭奥にある随分古びた倉庫の目の前だった。鉄で錆びた引き戸タイプの倉庫で、もう何年も使われてないのか蔦が茂っている。台風などで飛ばないようにか、その倉庫の周りにはコンクリートの塀が高く聳え立っていて少し薄暗かった。はっきり言って若干不気味だ。
「え、えーと……先輩、まさかこの中に隠れるんですか?」
確かにこの倉庫の周りが全体的に人気がなさそうだけど、と思いながら倉庫の扉に手を掛け、入り口を開けようとする。ところが、錆びまくっているのかはたまた何かが中で引っ掛かっているのかギギッと鳴くだけで扉は開かなかった。ふんっ!!と渾身の力で引いても変わらない。
「ふぬぅッ!!!このッ!!!」
「どんだけ力入れてもこの倉庫は開かねぇよ」
ここで衝撃の事実を彗先輩が言う。えっ!?じゃぁこの倉庫に隠れるんじゃないってこと!!?違う活用の仕方があるんですか!?
スペキャ顔で彗先輩と倉庫を交互に見ると、先輩は塀と倉庫の間まで歩いていき俺を呼んだ。とことことついて行くと、なるほど、壁と倉庫の間に90センチくらいの隙間がある。
「この倉庫の扉は錆ついてるせいで絶対に開かねぇが、入る方法がないわけじゃない。上の屋根の部分が経年劣化で破損して人ひとり分くらいの穴が空いてるから、そこから中に入れる」
「な、なるほど……上から中に入ってやり過ごすんですね!?でもどうやって上に上がれば…」
パッと見で倉庫は2、3メートルはある。登れるような突起もないし、とてもじゃないけど屋根まで上がるのは至難の業っぽいけど……っは!!!そうか、だから先輩は俺を塀まで呼んだのか!!
「この塀と倉庫の間を足場にしながら登ればいけるってことですね!!!」
「ん、そうだ。壁伝いに登ればこれくらいの高さは大したことねぇ」
先に行くから後から来い、と言い残して先輩がするすると倉庫の上に消える。俺も先輩に倣って壁を足場にしながら上によじ登った。倉庫の上はトタンっぽい屋根で、錆で赤茶色になっており、話通り確かに一箇所、ギリ人が通れるくらいの穴が空いていた。
こ、ここから中に入るのか…登ったはいいけど、これどうやって中に入るんだろうか。そう疑問に思って穴を覗くと、なるほど、出て入ることができるくらい物がいい感じに配置してある。一番下には古びた体操マットが数枚、上に数個のバスケットボールが入ったカゴ、さらにその上にグローブの入った段ボール、そしてそのまた上にいくつかの箱があって、階段みたいになっていた。
先輩の後を追って慎重に物を踏みながら中に入ると、中はかなり埃っぽくて暗かった。
なんだろう、グローブとかビブスからだろうか、若干汗っぽい匂いもする。でもまぁ、そこまで臭いと感じるほどではなかった。というか、それよりこの足場不安定すぎるな……
って、うわっ!!!!!
「やっべ…ッ!!?」
「ッ!!!要!!」
バスケットボールのカゴの淵に足を置いた瞬間、カゴの底の小さいタイヤが動いて、俺はずるっと足を踏み外してしまった。先輩の焦った声にしまった、と思う間もなく地面めがけて落ちる。反射的に目を閉じた。
これは地面とごっちんキス不可避──!!
ところが、その予想とは裏腹にどさ、という音と共に俺は柔らかい何かの上に落ちた。しかも落ちたのは背中からで、理解が追いつかないままゆっくりと瞑っていた目を開ける。直後、視界いっぱいに広がるサファイアの瞳。はらり、と糸のようなダークブルーの髪の毛が揺れる。ハッ、と小さく吐息を溢しながら、どこか安堵したように悪態を吐いた。
「ッ、くそ、危ねぇな……」
「ヒュッッ」
先輩に、床ドンされていた。
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