悪鬼羅刹の祭典

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冷や汗ダラダラのままふと冷静になって自分の姿を見る。ボタンが開いてる。ベルト外れてズボンがちょっとズレてる。ってパンツ見えてんじゃんはず、ズボン上げとこ。 そして薫さん曰くほっぺた腫れてるし唇切れてる。その辺に不良転がってる。血まみれの学園最恐不良。 ここから導き出される彗先輩の思考は? 俺=薫さんにシメられてる人 ……うぉおおおおおい!!! 絶対誤解されてるなぁこれ!?っていうかこれは俺でも誤解する。殴られた人と殴った人の構図じゃんこれ!! さあああっと青ざめる俺。だが、そんな俺をよそに二人はどんどんヒートアップしていく。 「あ゛ー?つーか誰だよ、オマエ」 薫さんが目を怪しく光らせて笑いながら問う。こっちもこっちで急に現れた彗先輩にお怒りモードみたいで、もう小説の薫さんそのものの悪役顔で怒りをオーラに出していた。あと数年したら軽率に人の後頭部に銃口を当ててそうで怖い。 ぎり、と拳を握り締めた彗先輩が殺意を込めて薫さんを睨む。 「お前みたいな底辺のクソ野郎に名乗る名前はねぇ」 「……あ゛?黙って聞いてりゃまた随分勝手なことを言ってんなァ?俺と俺の神様の間に入ってきた間男の分際で」 「………ざけんな、こいつにお前がしたのは暴力行為と強姦だろうが。相変わらずクソみてぇなことしやがって、殺してやる」 あっ、もうこれ確定だ、と俺はここで遠い目になる。なんかもう色々まずい。 薫さんがぴくり、と彗先輩の言葉に眉を動かす。薫さんも誤解を受けていることに気がついたようで、もしかして自ら解いてくれるのか?と俺は淡い期待を抱いた。 が、そんな俺の願いは2秒で打ち砕かれた。 「ふーん、…それで自分は要を助けに来たヒーロー気取りか?それにしちゃタイミングがゴミだなァ?もう何もかも遅いんじゃねぇか?全てが終わってから駆けつけるなんてまァ使えねぇ男だな、おい」 「っ………クソ、…委員会なんか、行かなかったら、」 「言い訳か?オイオイ、クソ惨めだなァ負け犬が。俺なら俺の神様をこの世の何よりも優先するぜ?」 わっるい顔で薫さんがここぞとばかりに煽り散らかす。彗先輩は薫さんの言葉にぐっと悔しそうな顔をして、唇を噛んだ。はっきり言おう、完全に薫さんが悪役にしか見えない。もうなんか、もはや彗先輩が虐められてる図である。 さすがにこれ以上は見ていられなくなって、俺は慌てて二人の間に入った。 「ちょぉっ!!!二人ともストップ!!!」 ストロベリーカラーとコバルトブルーの瞳がこちらに向く。ひえっ、顔面偏差値バグってないかここだけ。二人とも顔が良すぎて眩しいくらいなんだが。もう発光してる気がする……っていやいやしっかりしろ俺。浸ってる場合じゃない。 とりあえず話がちゃんと通じている薫さんの方に顔を勢いよく向ける。 「ま、まず、薫さん!!あんま彗先輩のこと虐めないでください!!先輩は本当に俺のこと心配してきてくれただけなんで、俺はあんま遅い早いとか気にしてないっていうか…あの、普通に先輩が可哀想っていうか…ゴニョゴニョ…」 い、言えない……実は果し状もらった時に先輩には絶対に行くなって言われてたとか……先輩は今日放課後に委員会あるから自分が一緒に入れない時に旧館に行くと守れないってめちゃくちゃ釘を刺してきたんだけど、やっぱ俺的には推しを私情に巻き込みたくないっていうか?正直なんとかなるだろって思ってたとか?まぁとにかく、全部俺の自業自得の案件なので先輩がいびられてるのは俺の良心が大変痛むのである。 あと、彗先輩は経済的な理由から特待生を維持しなければならないので加点減点対象の委員会には絶対に欠席できないという理由も俺はバッチリ知っている。俺のために特待生から落ちてしまうとか絶対に後悔してSAN値が0になる自信があるので、彗先輩の行動は完全に正常である。むしろありがとうという感じだ。 うんうん、と心の中でサムズアップする俺には気づかず、俺にお叱りを受けた薫さんはひらひらと手を振ってすぐに彗先輩から距離を取った。お、おお…こういう時に素直だとちょっと拍子抜けするな。ってごめん、それはさすがに失礼か。薫さんFクラスにいるけどさっきから言動見るに普通に頭いいんだよな。昔も真面目そうだったし、きっと地頭良いんだと思う。 「ハイハイ、わーったよ、他でもねぇ俺の神様のお説教だからな。庇うみたいなセリフは気に入らねぇがこの辺にしといてやるよ」 う、うーん、できれば俺の神様っていうのもその辺にしといて欲しいんすけど……ま、まぁそれは後ででいいか。彗先輩の誤解を解くのが優先事項。 薫さんはとりあえず処理したぞ!!と俺はくるりと彗先輩の方に体の向きを変える。 「それで!!彗先輩、誤解なんです!!俺、薫さんに、その、襲われたんじゃなくて、逆で……助けてもらったんです!!」 が、彗先輩はめちゃめちゃ警戒心が強い人だったので、すんごい渋い顔をされて一言返された。 「…………脅されてるのか、このクソ野郎に」 「え、いやいやいや!?ほんとなんですって、確かに俺ちょっと殴られた痕とかあるかもしれないんですけど、それは薫さんじゃなくて、そこに転がってる奴らにされて……薫さんは、お、俺がその、襲われそうになってたら、助けてくれて…」 「……んな訳あるか、こいつは2年で一番…この学園で一番気狂いで最低なクソ野郎だ。見返り無しで他人を助ける心なんて持ってねぇよ」 俺の言うことを全く信じてない彗先輩に泣きそうになる。あ、あの…彗先輩の中の薫さんの評価が低すぎて前提から信じてもらえないんだけど…というか、人の心もないと言わしめる薫さん、どんだけ学園で暴れてたんだ…。 仕方ない、ちゃんと関係性があることを話して信じてもらうしかないや。 「う、うーん、そのぉ…えっと、俺と薫さんは実は昔、知り合いで…だからその、あの、一応仲良し?と言いますか…」 「………お前と、鬼頭薫が?」 押し売りに来たら家主がめちゃ怖い人だった時のセールスマンみたいにもそもそ言うと、彗先輩が怪訝そうな顔をする。ワァ…疑われてる。 「小学校が一緒で!!!だからその、あながち他人ではないというか…あはは、びっくりですよね〜…」 いやーな汗が背中を伝うのを感じながらどうにか笑いを浮かべる。た、助けて!!俺ポーカーフェイス下手くそだからより誤魔化してる感すごくなってるんだけどどうしよう!? と、その時、大人しく俺の弁明を聞いていた薫さんが唐突に俺の肩を抱いて引き寄せた。え、今度はなんすか!?という意味を込めて見上げると、不敵に微笑んだ薫さんが俺の目をとろりと覗き込んだ。 「そうそう、俺と要はナカヨシだもんなァ……?ずっとずっと昔からオトモダチだからな?」 「ちょっっっなんか語弊すごいんですけど!?」 そんな妖艶な雰囲気出して俺の腰抱きながら言うことじゃないんだが!?それだと彗先輩に別の誤解されちゃうんですけどっ!?!? 途端に極寒氷点下ブリザードの空気が満ちる。彗先輩が大変怒りを露わにして凍りつくような怒気を孕んだ視線を薫さんに向けていた。ちょっ、俺のさっきの努力ぅ!!!! 「……さっき要にしていたレイプ紛いのことも昔からしていたわけか」 待て待て待てなんでそうなった!? 「ほ、本当に違いますってば!!俺達の幼少期はめっちゃ健全!!超クリーンでアットホームでした!!!!さっ、さっきのはちょっと天変地異が起こって引き起こされただけなんです!!!ほんっとに!!アレはもうほぼなんか事故というか、とにかくそういうやつなんです!!!薫さんは昔知り合いだったし、今もそこそこ互いのこと覚えてるから知り合いです!」 天変地異扱いかよ…となんか後ろから不満そうにボヤく声が聞こえたけど俺は知らない。薫さんはちょっと反省してください!!俺は今彗先輩にアンタの無罪を証明するので忙しんですよ!! 俺はもうそれはそれは必死になってあれやこれやと弁論を述べながらぐるぐると頭が混乱するのを感じた。でももうとにかくここで押しまくらないと丸め込めない気がして、気がついたら俺は盛大に叫んでいた。当たって砕けろ俺!!! 「お、俺はっ、まだ、処女です!!!!!!」 「ブッ…!!!!!」 俺を抱き寄せていた薫さんが思いっきり頭上で吹き出した声がして、すぐに笑いで引き起こされた震えに巻き込まれる。小刻みに揺れる視界の先でブルブルと拳を握る彗先輩が見えた。 直後、雷みたいな叫びが旧校舎に響いた。 「馬っ鹿お前!!!そんな破廉恥なことを叫ぶんじゃねぇ!!!!」 ……先輩はオカンだったんですかね。顔面の傷よりてっぺんの出来たてホヤホヤのたんこぶが痛いんだが、でもオカン属性発覚萌えるとか言おうものならもう一個たんこぶ増やされそうだからやめました。 今馬鹿だなこいつ、とか思った奴いるだろ絶対。分かるんだからな!!!!
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