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「さくやー。こっちこっち」
「……おぅ」
息を吐くと視界に靄がかかる。自分の居場所をアピールするように手を振る倭斗の姿を捉えるなり、さらに足早にヤツに近づいた。
今日は土曜で学校もねぇし、昼過ぎまで剣道場で稽古だとか言ってたが、どうやら一回帰って着替えてきたらしい。
体を寄せると襟足からうっすら石鹸の匂いがして、それに混じっていつも倭斗が使ってる香水の匂いが濃く香った。オレにとっては安心できるその匂いを、スン、とひと嗅ぎする。
見慣れない、左耳にはまったピアスがそこらの街灯に照らされて輝き、目がチカチカした。
「バイトお疲れさん」
「おぅ。お前も今日は稽古だったんだろ? 疲れてねぇのか?」
「正月休み明けやし、いつもよりちょっとハードやったけど、平気や。ほな、そろそろ行こか」
倭斗と一緒にデパートへと足を踏み入れる。
夕飯の調達と言うからてっきり地下の食品売り場に行くと思っていたが、どうやらアテが外れたらしい。
倭斗は上りエスカレーターを目指して突き進み、ヒョイ、と軽快な足取りでエスカレーターに飛び乗った。
「おい、飯は」
「いつもやったら下なんやけど、今日はおもしろい催事やってるて言うたやん。それしとるのが上の階なん。何階やったっけ、七階だか八階やったかな」
オレの方に向き直り、お得意のフニャ笑いをする倭斗。
行くっつったわりになんでそんな曖昧なんだ……。
「そのおもしろい催事ってのはなんだ?」
「ほら、今日節分やん? 全国恵方巻市をやるって電車の中吊り広告で見てな。ちょっと行ってみよかなって」
(電車の中吊り広告なんかまともに見る奴がいたのか……)
それもこんな近くに。
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