15人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「稽古帰りに材料は買うたし、ホント簡単なんよ。イチから出汁取ったりもせんし」
「珍しいな、お前が出汁取らねぇとか」
料理にこだわりがあるらしい倭斗は普段からまぁまぁ丁寧に飯を作る。
それこそ、イチから出汁を取ったり玄米炊いて弁当に詰めてくることだってあるくらいに。
つっても、先公やってて剣道場通いなんてやってりゃ、時間がねぇ時だってあんだろう。そういう時は外で飯食ったり買ってきたりするなんて話も聞くが、基本は自炊してるらしい。そんなコイツが『簡単だ』っつー料理がどの程度の簡単なのか、少し気になる。
「ホントに簡単なんだろうな?」
「嘘は言わへん。5分、10分くらいでできるんちゃうかな」
「ほー……」
大した自信じゃねぇか。なら、作ってやるか。もやしを茹でる以外に作れるモンができるのは、悪くねぇしな。
駅前を抜けガード下をくぐると、幾分か人も減ってきた。
倭斗が住んでいるアパートは繁華街の反対側に位置しているから、治安も悪くねぇし通りは静かだ。
通い慣れた道をふたりで歩き、そうしてやっと、アパートに辿り着いた。
「やー、寒かったなぁ」
言うなり倭斗が持ってた鍵を差し込んで回すと『カチャ』と鍵の開く音がする。ドアをうしろから閉じないように支えてやって、先に倭斗が、次にオレが部屋ん中に入った。
倭斗の家の玄関は人が来ると勝手に電気が点くようになっている。慣れないうちはついキョロキョロしちまってたが、最近はそれもなくなった。
明るくなったら倭斗の姿がよく見える。靴を脱いで部屋に上がろうとしていたのをうしろから捕まえた。腕を回して抱きしめる。
「おっ? どないした──」
「おかえり」
振り向こうとした倭斗のセリフに被せるように言う。
オレもだが、倭斗はひとり暮らしの期間が長い。
普段は帰ってきたって出迎える人間なんかいやしねぇんだ。
オレがいる時くらいは、言ったっていいだろ。
最初のコメントを投稿しよう!