一品目:わかめの味噌汁/姫乃井尚斗

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 祖母は料理の基礎をちゃんと知っている人だった。  けれど、「今の時代は料理が美味しくなる便利なものが色々出ているから」と、全て手作りにこだわらず、こういった調味料も積極的に使う人だった。 「分量を守れば美味しいものができるから」と。  不器用な俺にとって、祖母のこういった教えは有り難かった。 「沸いたら香りを飛ばさないように火を止めて蓋をしておく……ネギ切るか」  小鍋に蓋をして、冷えた長ネギをまな板に置いた。なるたけ薄く、同じ幅になるようにゆっくり切っていく。  泰正なら普段から料理をするからもう少し切るスピードも速いが、俺はたまにしかやらないので、包丁はとてもゆっくりだ。  もとの長さの3分の1くらいまでネギを刻むと、切ったネギは小皿に移し、残りの分をラップで包み、また野菜室に戻した。 「あ、わかめ戻すの忘れた……んー……いいか、直接入れりゃ」  念のために袋の裏を確認すると、味噌汁には戻さずに使って大丈夫との記載がある。これならば大丈夫だろう。  わかめを戻す手間がない分、刻み油揚げを必要な分だけ小皿に取り、残りは冷凍庫へ。出した分は調理ハサミで半分位に切って小さくした。 「あ、あった。これこれ」  菜箸なんかが入った引き出しから取り出したのは、ちょっと変わった形の調理器具だ。  最初に見たのは数年前、祖母がウキウキしながら買って帰ってきたのだが、彼女の話ではこれで味噌を掬うと、味噌汁の味がバッチリ決まって美味しいとのことだった。  長らくその調理器具は〝味噌神様〟なんて呼ばれていたのだが、どうやら巷では〝みそすくい〟やら〝味噌マドラー〟なんて名前がついているらしい。  泡だて器を小さくしたような感じで、丸かったり四角かったり形も色々だ。俺の家にあるのは、四角いタイプ。  地面に棒を突き刺すが如く、(なら)した味噌にそれを埋め込み、引き上げると良い分量の味噌が取れるというわけだ。 「味噌神様とはよく言ったもんか」  温かい出汁湯にそれを浸け、溶かすように中で撹拌する。だんだんと湯に馴染んだ味噌が溶け出し、出汁湯が薄茶色に染まっていく。  味噌を全部溶かしたことを確認して、乾燥わかめを大さじ1、切ったネギと刻み油揚げを加えて、もう一度コンロの火を点けて味噌汁を温める。縁がふつふつとしてきたら火を止めて小鍋に蓋をした。これで味噌汁も完成。あとは夕飯を食べる前に温め直せば大丈夫だ。 「じーちゃん帰ってくるまで、まだ時間あるよな? ……部屋に帰って本の続き、読むか」  火元を確認してから台所をあとにする。母屋の廊下にはほんのりと、味噌汁のいい香りが漂っていた──。
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