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「天華ちゃん」
名前を呼べば鮮やかなロゼのリップグロスを塗った唇が、三日月みたいに弧を描く。
喜多里天華──二十歳、大学二年生になる彼女は俺の四つ上の実姉だ。
アウターはアイボリーカラーのチェスターコート、中にはシャーベットオレンジのモヘアニットが覗いている。下はこの寒いのにタイトな黒のミニスカート、ダークブラウンのニーハイブーツを合わせている。
肩にかけているオフホワイトのキルト生地でできたワイドタイプのトートバックは、数年前にムーンバッカスコーヒーで購入した福袋に入ってた、まともに買えば3000円くらいする限定品だ。
ブーツのヒールが高いせいで俺とほぼ変わらない身長になった天華ちゃんの、大学生のプライベート満載みたいな格好を見て、思わず溜息が漏れる。
「天華ちゃん、寒くない? アヤみたいなこと言うわけじゃないけどさ、もう少し温かい格好した方がいーんじゃないの?」
「電車とか駅ビルとか温かいからこのくらいで十分よー。ていうか、アンタこそこんな寒いのにバイクなんか乗っちゃって、風邪引いても知らないわよー?」
「昔から運動神経と健康だけが取り柄ってねー。大丈夫だよ、ちゃんと防寒してるし」
「そっ、ならいいけど。あー、つっかれたぁ。今日の講義ほんと難しくて、途中で寝ちゃうかと思った」
コキコキ鳴る肩を上げたり下げたりしながら天華ちゃんがボヤく。
一限から大学の講義に出て放課後は雑誌社でバイトして、とことん肩が凝りそうだ。俺には到底務まりそうもない。
そうこうしているうちに、エレベーターが俺たちが住む部屋の階層に到着したことを知らせるように『ポーン』と音を鳴らして止まった。
ゆっくり開く扉から、先に天華ちゃん、あとに続くように俺が降りる。
部屋の前に辿り着くなり、天華ちゃんがバッグの中をゴソゴソ引っ掻き回し、
「あっれー、おかしいなぁ? 鍵がー」
なんて言うから、カラビナでズボンのベルト通しに引っ掛けておいた鍵を外して、鍵穴に差し込んだ。そのまま鍵を開けて抜き取り、
「ほいじゃお先ー」
しれっと天華ちゃんを押し退けて玄関に入る。
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