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思い出したくない
ほしいんだよ、どうしても。
あんたね、そんなこと言っても、モノやペットじゃないんだから。ね、帰るよ?
ほしいんだってば。
敦司、無理言わないの。
くそばばあ。
ちっちゃいのに口も手も乱暴、この子は。
晃士がほしい。
帰らないと、今日のごはん作れないよ。
ずっといっしょにいたいし、そばにおいておきたい。
すきなときにさわりたいし、おでこをよせてすりすりしたい。
目がくりくりして小動物みたいで、柔らかくって香ばしい匂いがする晃士。
敦司くん、また遊んでね。
ごめんねえ、陽子ちゃん。
俺はくそばばあの脛に蹴りを入れて、また叱られる。晃士の母親の苦笑いも腹立たしい。
敦司ぃ、なにおこってんだよ。
だってママがだめだって。晃士のママもだめだって。
えーっ、どうして? ママのけち。
唇を尖らせてほっぺをぷくっとふくらませて怒る。
晃士のでっかい目に、みるみるうちに涙がたまる。
ママだってさ、いつもあっちゃんとなかよくしなさいってゆってるじゃん。
俺は怒ると暴力と暴言だけど、晃士はすぐ泣いちゃうんだよ。そいで、頑固。
だから俺は先に怒っていたはずなのに、晃士の肩に腕を回してなだめる側になる。
だいじょぶだって。おおきくなったらママよりせがたかくなるって、パパいってたもん。そしたら、ずっとずっといっしょにいれるよ。
いまはちびでも?
うん。
わかった。そんならいい。
もうおこってない? 晃士。
うん。
やくそく。
香ばしい肌の匂いの中に、飴玉の甘さがまざっている、と思った。
「…ん、」
え、なに、よく聞こえない。
晃士、またけがでもしたのか。指にバンソウコウがついてる。
「…敦司?」
晃士の声じゃない。
けれど晃士の声だった。
「………⁉」
瞬間、何がどうなっているのかまったくわからなかった。
自分がどこにいるのか、今、何時何分なのか。
俺とほぼ同じサイズの、温かくて重たくて、ところどころ骨張ったモノが腕の中にいることだけがわかった。
横向きに眠っている晃士の後ろから腕をまわしている、俺。背中にぴったりとくっついて。
俺の鼻先には柔らかい毛先。みみたぶはひんやりとつめたい。
あわてて体を離そうとするけれど、真後ろのベッドが邪魔をして、上半身を起こすのが精一杯だった。
「あのっ、俺ときどきベッドから落ちるんだよ、ほら、体でかいじゃん? だから…」
晃士がまだ目を覚ましていなければ素知らぬふりで離れられたけれど、どうやら間の悪いことにほぼ同時に目覚めたらしい。
晃士は枕から頭を少し持ち上げただけだった。
こっちを見もしない。
良かった、目なんて合わせられない。
「わ、悪いな、まだ寝てていいぜ」
「…うん」
ぽてっと、再び枕に頭を落とす。
俺はベッドに這い上がって逃げる。助けを求めるかのように枕を抱いて座る。
いつのまに? いつから?
数分間? それとも何時間も前から?
変な汗が止まらない。
晃士が寝ぼけまなこで何も意に介していない風なのが救いだった。
夢。
だけど夢じゃない。
感触が余韻としてくっきりと残っている。
指で触れた絆創膏の異物感。くすぐったい髪の毛。胸に当たる肩甲骨。
思い出した。
俺は、晃士が欲しいって言ってた。
そりゃもう、モノ扱いで。
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