思い出したくない

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昨日の残りのお雑煮は具材が溶けかけて、煮詰まって味が濃かった。 でも、それどころじゃなかった。 向かい側に晃士がいて、めしを食ってる。 テーブルの下でつま先とつま先がぶつかり合ったとき、俺はうろたえて動揺しまくって足を引っ込めた。 2人でやる量でもないよと言うので、皿洗いは晃士に任せた。 となりに立ちたくないという理由もあった。 皿洗いも普通にこなせるらしい。料理だけが、だめということか。 対面キッチンで皿を洗う晃士を見遣る。 変わった様子はない。当たり前か。 俺が勝手に変になっただけ。 晃士が顔をこっちに向けそうになると、焦ってチラシの陰に隠れる。 電器屋の正月セールの広告なんて見ちゃいなかった。 「終わったよ。しまう場所わかんない物は流しの脇に置いといた」 「…おお、サンキュー」 さりげなく、体を肘掛けの方に寄せる。 「敦司、体調悪い?」 「…え」 「しゃべんないし、やけにじっとしてるから、頭でも痛いのかなって」 「…大丈夫」 「俺、なんかしたかな、また」 昨日とは逆で、今日は晃士が肘掛けに腰を下ろす。 少し丸めた背中。朝方、俺にぴったりとくっついていた背中。 真冬だというのにTシャツ1枚で、少し日に焼けた腕があらわになっている。 したよ、と答えたくなる。 でも言えない。 欲しいって何だよ。 ゲームソフトかよ。 晃士はぬいぐるみか何かかよ。 おまけに、感触や匂いが残ってる。 夢なのに。 でも、夢じゃない。 晃士はここ(、、)にいたのだから。 自分の左腕を見つめる。ちょっと上にあげてみる。 体温と、うすく筋肉のついた肩。規則正しい寝息。 なんだか熱い。 てのひらで顔の片側を覆う。 思い出しているわけじゃなかった。勝手によみがえってくる。 「お前には関係ねえよ」 あ、やばい。きつい言い方。 でも放っておいてほしかった、今は。 放っておかれればこの微熱も冷める気がした。 「ふうん。あっそ」 肩がいきり立つ角度になった。 こいつ猫かよ。シャーッてなるやつ。 わけわかんねえ。 けんかしたいわけじゃない。 お前には関係ないだろ。お前の、せいだけど。 晃士がいるだけで。いることそのものが。 俺を混乱させている。 いなくなってほしいのに目で追ってしまう。 目で追ってしまうのに、目が合いそうになるとそらす。 矛盾だらけ。 頭をかきむしる。 「…晃士が悪いわけじゃないから」 かろうじて、言う。苦しい。うまくしゃべれない。 晃士は振り返って、俺をじっと見る。探るような、無言で咎めるような視線。 「わかった、ってことにしといてやるよ」 晃士は一度立ち上がると、ソファの座面に、ぼすっと音を立てて座る。 「外、行かね? 2日間ほぼ家にいたから体なまった」 あんまり寄って来るなよ。 背もたれに頭をあずけて天井をながめる。 「ボールならあるけど」 「俺、バスケやだ。絶対勝てないんだもん。敦司手加減しないし」 そうだったのか? 俺は。 手加減しなかったのではなく、できなかったのだと思う。 「そんなん、晃士も同じじゃん。俺、体育のサッカー苦手」 となりにいる晃士の存在をひしひしと感じながら、俺は天井に向かって言葉を吐く。
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