思い出したくない

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バスケとサッカーの間をとって(?)キャッチボール、ということになった。 父親が趣味で草野球をやっているから道具はあった。 「とんかつ屋の裏に公園なかった?」 「あそこボール遊びとか球技の練習、禁止になったらしいよ」 「そうなの?」 「近所にうるさいおじいさんがいるんだって。それに、とんかつ屋ももう潰れた」 「運動公園まで行くか?」 「小学校は? 近いよ」 中学校に入ってしばらく経つと、そういえば家の近所を歩き回ったりそこで遊んだりすることもなくなった。 塾通いだとか部活の試合。たまに電車で友達と都心やテーマパークに行くこともあって、行動範囲も広がったせいだ。 晃士はどうだったのだろう。 俺の知らない晃士の時間。 昨日まではそんなこと気にもしなかったのに。 「けーさつに捕まるんじゃなかったっけ。2人乗りって」 「こんなマイナーな場所まで取り締まりに来ないだろ」 歩くと2、30分かかる距離を、自転車に2人乗りをして行く。 顔を突き合わせていないと、まだ普通に会話できる。真後ろにいると思うとどぎまぎするものの。 遊びながらだと、もっと時間がかかったかもしれない。帰るのが遅いからと、母親が通学路の途中まで迎えに来たことがよくあった。 隣に晃士もいたのかな。 何を話していたのだろう。晃士はどう思っていたのだろう。 校門は閉ざされていたが、脇の通用扉はなぜか全開だった。 「ラッキー、入れるじゃん」 「不用心だな、いまどき」 校庭の遊具がある一角では、男の子が2人、遊んでいた。 あの子どもたちがしのび込んで扉を開けたのかもしれない。 小学校1、2年生てところだろうか。 満面の笑顔と、耳障りなほど甲高い大声。 小さい体で、意味不明なことを叫んでいる。 17歳の俺が言うことでもないが、いかにも無邪気って感じ。 晃士も彼らを見ているのがわかる。 何か言わなきゃ、と思うけれど何を言えばいいかわからなくて、俺はボールを上に放り投げてはキャッチする。何度も。 20メートルくらい離れたところから、いいよ、と叫んでぶんぶんと手を振る。 楽しそうな晃士を見ると、つられて頬が緩む。 怒ったり笑ったり、忙しい奴。 はじめはあまり体を横に向けないで投げる。 「そういえば指、切ったとこ平気なのか?」 「全然、大丈夫」 左の薬指を立ててみせるが、よく見えない。 見えないのに、明け方に指でたどった感触が瞬時によみがえって、ボールがすっぽ抜ける。暴投だ。 「ごめん」 晃士はそれたボールに追いつくと、足で蹴り上げてキャッチする。さすがサッカー部。 晃士の投げる球はまっすぐで癖がない。そして受けると意外と強い。 晃士は、俺の右に流れがちな投球にすぐに慣れたらしく、どんな球でもだいたい受ける。 「もっと離れられる?」 「届くか?」 互いに少し後ずさって、距離が離れる。 「届くよ」 胸元に直球を投げてくる。
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