思い出したくない

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「帰り、俺こぐよ」 順番、と言う。 そうしたいならいいけど、と俺は自転車の荷台にまたがる。 大した内容でなくても、言葉の歯切れが悪くなる。 昨日までどんな風に晃士としゃべってたっけ。 目の前に晃士の背中。 ななめ後ろから見える、頬から顎にかけての線。喉仏。 落ち着かない。 後ろに乗っかるよりもハンドルを握る方が楽だ、と思う。 俺は顔を横に向けて、晃士が視界に入らないようにする。 「お前、母親より背ぇ高くなった?」 柔軟剤の匂いに、わずかに汗の匂いがまざっている。それと、向かい風にそよぐ髪の匂い。 顔が見えないので強気になったのかもしれない。 それに、知りたい、と思った。知らない部分を。 「え? 背?」 意外なことを聞かれたという調子の大きな声を上げた。 「うん」 母親だろ、とつぶやいてしばらく考えている。 「中3のとき抜かした、確か」 「…そうなんだ」 じゃあ、あの話は本当になったんだ。 晃士に一生懸命言い聞かせてたな、俺。 夢の中で、だけど。 「敦司は? お母さん結構身長高くなかった?」 「うちでいちばんでかいの今、俺」 俺は高校に入ったあたりで母親より大きくなって、最近父親よりも身長があるらしいことに気づいた。図体ばっかり大きくなって、とよく言われている。 「急にそんな話、どうして…」 そこで晃士は不自然に黙り込む。 背中がこわばる。 だから、わかった。 あの夢は現実にあったことだったんだ。 こいつもそれを覚えてたんだ。 夢の中の支離滅裂な理屈。 せがたかくなったら、ずっとずっといっしょにいれるよ。 沈黙。ペダルをこぐ音だけが響く。 ぎこちない静けさが晃士と俺のあいだを支配する。 風もなくて、空は高く澄んで快晴で申し分ない日だというのに。 川沿いの道をゆっくり下っていく。 このまま家に着いてしまったら、きっと目も合わせられない。 ずっとこの道が続けばいいのに。 がしゃん、と自転車が大きな音を立てて跳ね上がる。 「わっ」 上体が傾く。 とっさに晃士の体に腕を回して、ダウンコートを握りしめてしまう。 道路のでこぼこにぶつかったらしい。 「…わ、悪い」 「だ、大丈夫」 すぐに手を引っ込めようとして、ふと、やめる。 ダウンコートのひえた生地に頬を押し当てたままにする。 やっぱりそこに言葉は見つからなくて。 はじめてこうしたとは思えなくて、前にもこうしたことがあるのだろうとすんなり思えた。 背中がまた、ひどく張りつめる。 当てた耳に、鼓動が伝わってくる。 「…どきどきしてるぞ」 どきどきしてるのは、晃士だけじゃない。 「…くっそ」 晃士は悔しそうに言う。 みみたぶが真っ赤。 2人乗りの自転車はくねくね曲がりながら、ゆっくりと進む。
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