思い出したくない

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「…着いたけど」 不自然なまでに背骨をまっすぐにして、晃士がつぶやく。 ここにとめればいいの、と棒読みで言って、家の駐車スペースの端に自転車を置く。 鍵を差し出してくる。 てのひらを広げると、晃士はやけに高い位置から鍵を落とす。 ちゃりん、と鈴の音が鳴った後、辺りはまた静かになる。 犬の散歩をする人が家の前を歩いて行く。 それを2人して目で追って、通り過ぎてから顔を見合わせて、ぱっと目をそらす。 ソファの、もはや定位置となった端っこで、晃士は膝を抱えている。 俺はダイニングテーブルの椅子に、背もたれに肘をついて逆向きに座るかたちで、晃士の頑なな横顔を見ている。 テレビでは、夕方のニュース番組が下町の大盛りグルメ情報を流している。 「俺、帰る」 晃士はテレビに視線を据えたままつぶやく。 は? と思う。ふいうちだった。 「どこに? 鍵持ってないんだろ?」 つい、声が大きくなる。 「1日くらいどうとでもなる、男だし」 「危ないだろうが」 「子ども扱いすんなよ!」 昔っからこういう奴だったよ。 思い出した、というよりも、感情をあらわにするとこいつは昔のまんまだ。 口よりも物を言うでっかい目で、俺をにらむ。でも瞳の奥が揺らいでいる。 だから強く出れなくなる。ぶん殴るのと手を差し伸べるのと、両方したくなる衝動にかられる。 「…ごめん」 すると、何が、とおそろしく低くて平坦な調子でたずねる。こっちは見ない。 「だって…俺がなれなれしくしたから」 しかも、朝から数えると二度も。 自分のことしか考えていない。晃士の気持ちも考えずに。 「謝るくらいなら、はじめからするなよ。だいたい、意味わかんねえし! 昔のこと、どうでもいいって言ってたじゃん」 そのとおりだった。ぐうの音も出ない。 「…怒らせてばっかだな」 自分にため息をついてしまう。 俺が悪いのだ。晃士のことをちっともわかっていなかった。 立ち上がって、リビングまで数歩。そんな広い家じゃないから。そして、ソファに乱暴に音と埃を立てて座る。 予想どおり、晃士はぎゅっと体を硬くする。 無意識に、左手で顔の半分を覆う。 眉間にしわが寄るのがわかる。朝、言われたときは痛くなかったけれど、今は本当に頭が痛い気がする。 右手を晃士の方に少し伸ばして、手招きする。けど晃士はこっち見てねえし。 空振りになった手を、どうしようかと少し迷う。もしくは怖気づきそうになる。 でも。 こっち、と言って、腕をあともうちょっと、てのひら一個分伸ばして、晃士の肩口をぐいとひっぱる。
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