思い出したくない

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ひきよせて、晃士の頭をつかんで肩に押し当てる。 「ここに、いろよ」 晃士の匂い。それから体の、硬いところと柔らかいところ。あったかい場所と、冷たい場所。 離れようとするのを、力づくじゃないけど、でもやっぱり力づくかもしれなかった。離さない。 ここにいろっての。 何でだよ。 だから。 やだっつってんだろ。 そういうやりとりの後、ようやく、晃士の体は抵抗をやめる。 でも重さを預けきっているわけでもない。磁石の同じ極が反発し合うみたいな、どうしてもくっつかない距離感は残したまま。 俺の言うこと、やることにいちいち一喜一憂するんだよなあ、と思う。 思い返してみればずっとそうだ。 それって、つまり。 心の中で言うのさえはばかられて、俺は赤面して再び右手で顔を覆う。目もつぶってしまう。 昔のできごとは今でも思い出せない。 ただ、晃士がいつもそばにいて、その存在を俺は体ぜんぶで感じ取っていた。 むしろ、だからこそ具体的なエピソードを覚えていないのかもしれないと思う。 「よくわかんないうちに、晃士がそばにいたから、つい」 つい、触れてしまった。 隣にいる相手に、その相手をどう思っているか伝えるなんて、こっ恥ずかしいし、うまく言えない。 目を閉じたまま、なんとか、感情のいちばん奥底にあるものをつかんで取り出して言葉にしようとする。 「だって晃士に触ってると、きもちいいから」 だから何なんだとか、これからどうしたいとかはちっともわからないけど、とにかく。 困ったことに。 「…ずるい」 うめくように晃士は言った。 微かに息がかかって、どきりとする。 「そんな、ちっちゃい頃みたいな言い方、ずるい」 それから、とん、と頭をもたれさせてくる。 俺のことを、ずるいとなじったばかりなのに。 「腹、減ったな」 「…ああ」 でも晃士に動く気配はなく、俺も動かない。 夕方になって、リビングは薄暗くて昼間より沈み込んだ感じだけど、それが気恥ずかしさを冷ます。徐々に。 「すげえ楽しみにしてたんだよ、俺。このお泊まり会」 「お泊まり会って…保育園かよ」  俺は腕の中の晃士の髪の毛を、指ですくっては巻きつける。ほどいて、またすくい取る。 「父親のところに行っても良かったんだけど、さ」 「お父さんどこに住んでんの」 「K県。月1回会う」 「楽しみにしてたって、だったら最初から言えよ」 そうしたら、と言いかけてやめる。 いや、どうかな。 「何なんだよ、知らねえよ、とか言っただけかもな、俺」 すると晃士は吹き出す。 そうだな、きっと、とつぶやく。 「俺はずっと敦司を好きだったけどね」 あまりにもさらりと言われた言葉は動揺するには充分すぎて、俺は晃士の頭をわしわしとかき回す。 ずるいのはどっちだよ。 「…俺、やっぱりお前のこと嫌い」 晃士はすると唇を軽く尖らす。それから、笑う。おかしそうに、楽しそうに。 俺はこっそり晃士の温かい髪に頬を寄せる。
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