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お話は続く
洗濯物を乾かすあいだに、晃士は荷物をまとめる。
その方がおばさん喜ぶよ、と言うのでシーツを洗った。
「これ敦司の?」
「違う、かな。自分で持って来たの、わかんねえのかよ」
「黒いTシャツなんて、どれも同じじゃん」
3泊4日しかいなかったのに、痕跡はそれなりに残る。
スタイリング剤、学校の課題、靴下。4日間のうちに「晃士用」になったマグカップ。
昨夜はいろいろ考えていたら眠れなくなって、何度も寝返りをうった。
ふと、ベッドの上から晃士の方をのぞき込む。
掛け布団の端をつかんで、そこに顔をくっつけて眠っていた。
ひとの気も知らないで。
閉ざされたまぶた、淡い影を落とすまつ毛。さっきまでしゃべったりフライドポテトをくわえたりしていた薄い唇。ずっと俺を好きだったと言った唇。
「あ、そうだ。お菓子持ってけよ、うちは誰も食わないから」
あちこちに散らばっているカラフルな袋をひとまとめにする。ガムにチョコレート、ゼリー。
けっこう余ったね、と言いながら棒付きの飴玉の包装紙を剥く。ここに来た日と同じように。
大した量ではないはずなのに、晃士の物がデイバッグに詰められていくと、家の中の風景から気が抜けていく。
ここは俺の生まれ育った家のはずなのに、おきざりにされる子どもみたいな感覚になる。
「そろそろ乾いたかな」
掃き出し窓の方を向いて、飴玉を口に入れる。
ベランダに出る。風が強く吹いていて、寒いけれど今日も晴れている。
洗濯物の陰に隠れて、晃士の顔はよく見えない。
はしゃぎながら服やタオルを取り込んでいる。
もしかしたら、俺はまた無愛想だと思われているかもしれない。
晃士はリネン類の山を抱えて室内にもどる。俺はほかの洗濯物を持って続く。
甘い、たぶんグレープの人工的で幼い匂いがあとに残る。
部屋に一歩足を踏み入れた時だった。
「…っと、危ね…!」
突然、声を上げる。
風に煽られたシーツで視界が遮られてつまづいたのか、晃士の体勢がいきなりくずれる。
反射的に手を伸ばしてつかむ。
視界がぐらりと揺れる。
真横にあったベッドに2人して倒れ込む。
気がつくと、体の下に晃士がいる。
シーツが覆いかぶさって、甘ったるい匂いと晃士の匂いがこもっている。
きょとん、とした表情。口をかるくひらいて、飴玉のむらさき色がのぞいている。ゆっくりとまばたきをして俺を見ている。
ずっとここにいられないことはわかっている。
けれど、もうちょっと一緒にいたい。
ベッドのスプリングがぎし、と軋む。
「晃士…」
もどかしさが込み上げてきて、名前を呼ぶ。
苦しそうで湿って熱を帯びた声に、自分で焦る。
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