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桜井晃士。
徒歩3分の近所に、母親と住んでいる。
幼なじみ、というやつなのだろう、世の中の言葉で言えば。
でも俺にはその意識すらなかった。
ここ数年、存在すら忘れかけていた。
元々、母親同士が俺たちが赤ん坊の頃からの知り合いで、小学校低学年までは毎日一緒に帰宅して、放課後も毎日一緒に遊んだ。
中学も同じだったものの、マンモス校だったことや、3年間一度も同じクラスにならなかったことが理由であっさりと疎遠になった。
部活も違ったし、付き合う友人もほとんど重ならなかった。
たまにすれ違ったりすると、逆に気まずいくらいで。
「陽子ちゃんだって、晃士くんを年末年始1人にするのが心配だって話してたよ」
いい年をしたばばあのくせに「ちゃん」付けで呼び合う母親たちはいわゆるママ友で、俺と晃士が遊ばなくなっても付き合いを続けていたみたいだった。
そういえば母親は未だに何かあると、「晃ちゃん」を引き合いに出す。
晃ちゃんも同じだって。晃ちゃんはそんな風に言わないんじゃない。晃ちゃんは○○高だって。
「とにかく2人で協力し合って乗り切りなさい」
父親が決めつける。
どうやら親たちは事件や事故を心配しているというより、友達大勢を家に招き入れて好き放題したり、夜外出して帰らなかったり、という悪さを心配しているらしかった。
つまり信用されていない。
「絶対にやだからな」
信用されていないことも気に食わなかったし、今となっては接点がない奴と数日も過ごすなんて冗談じゃなかった。
「それに、向こうだって嫌だろうし」
「『向こう』なんて他人行儀ねえ。ちっちゃい頃は敦司だって晃ちゃん晃ちゃんって呼んでたじゃない」
いつの話だよ。
母親はスマートフォンの画面を見て、目を輝かせた。
俺の話、全然聞いてない。
「31日から来れるそうよ。良かった」
良くねえよ。
♢ ♢ ♢
餅や大根のせいで重たい袋が3、4つ。
何割かは晃士が勝手に選んだお菓子のファミリーパックや駄菓子なので、その分は押しつけた。無言で。
「お前、料理できんの」
晃士は棒付きの飴玉の包装紙をぱりぱりと音を立てて剥く。
「多少はね…って晃士、お前もやるんだよ」
飴玉を口に含んで、「へいへい」と気のない返事。
晃士と数年ぶりにまともに顔を合わせて会話したのはついさっき。
母親から連絡が来た直後、玄関のチャイムが鳴った。
来た、って思った。
俺は少し身構えて扉を開けたのだった。
体が小さくて腕も足も細くて、大きな目をきょろきょろさせて給食袋を振り回していた晃士はそこにはいなかった。
「…晃士?」
挨拶もせずに、まず疑念が口をついて出た。
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