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「…どうすればいい?」
どんどん小さくなっていく晃士の声。
「…わかんない」
たとえ明日会う約束をしたとしても、違う。どうすればこの熱はおさまるのか。
晃士が飴を口の中で転がすと、反対側の頬がふくらむ。
「わがままだなあ…」
とても寒い日の白い吐息みたいに、晃士は言う。
俺の子どもじみた台詞にあきれて、でも、同じくらい満ち足りてうれしそうに。
そういう機微を感じ取れるのが不思議だった。
何年もろくに話していなかった相手なのに。
目を合わせてもいない体勢なのに。
4日間何をしたってわけでもないのに。
「帰るなよ。ずっと、ずーっといろよ」
額を晃士の後頭部の髪に押し当てる。
抑えられない。
言ってしまってから、つぶやく。
「あーもお、わけわかんね…」
混乱している。体が熱い。ただ手放したくなくて、今がずっと続いてほしい。
だから、動けない。
ふと見ると、晃士は伏し目がちになって鼻をすすっている。ぎょっとする。
「泣くなよー」
「泣いてねえし!」
いきり立って唇を尖らす晃士の頬を、後ろから両手でつまむ。
親たちの話し声はもっと、遠くなる。
「いたた、痛いって」
「泣き虫」
「だーから、泣いてないっつの」
それはとても頼りなくて心細いのと、何も怖くないっていう強気とが、ちょうど半々の2人だけのせまい世界。
この時間がずっと続けばいいのに。
でも。
「晃士ー! 帰るよ」
はたと動きが止まる。
それから、目が合う。照れくさくなって、ぱっと離れる。
指先が離れる寸前にからみあった視線と、離れがたさがあとをひく。
「荷物持って上着きて、外寒いから」
晃士の母親もなかなか口うるさいらしかった。
はーい、とのんびりした返事をしながら、晃士はゆっくりと階段を下りていく。
「あ、そうだ」
途中で止まる。
「忘れ物か?」
「敦司」
背中を向けたまま、俺の名前を呼ぶ。
晃士の頭のてっぺんでふわふわしている髪の毛を見ていた。
「なに、」
振り返る。
口の中の飴玉を、中途半端にひらいた俺の唇のすきまにひょいっと入れる。棒の部分を指でつまんで投げ込むようにして。
何が起きたのかわからなかった。一瞬遅れて、甘い味。
「…んだよ⁉」
「怒るなよ」
「…べっつに、怒ってねえよ!」
しゃべろうとすると、歯にがちっと当たる。
「怒ってるじゃん」
へへ、と晃士は少し意地悪く笑う。
「だからお前はガキなんだよ」
「敦司だって、すねてただろー?」
「それとこれとは…」
「こら、けんかしないよ!」
母親に一喝されて、2人して黙る。
上がっていけばいいのに、もうお夕飯だから、というようなやりとりがひとしきりまたあった。
晃士はスニーカーを履くと母親の隣におさまって、こっちに向かって手を振る。
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