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「またね」
「…おう」
泣いたと思ったら減らず口を叩いて、そのくせ今度はしおらしい顔。
素直すぎて笑う。
たぶん他に言うべきことや言いたいことはなかった。
互いに同じことを思っているのがわかっていた。
母親たちはまだ話し続けている。
「陽子ちゃん、今度またゆっくりお茶しようね」
「お世話になりましたぁ」
晃士がドアのすきまから手を振り続けるので、俺もつられて顔の横で手を挙げる。
やがてドアがぱたんと閉まる。
「甘い物なんか食べて、めずらしい」
母親が振り返ってあきれる。
「そうだ、おばあちゃんひとまず大丈夫だから」
「うん、良かった」
「明日から仕事だな」
父親が伸びをしながら言う。
「敦司は何日から学校だ?」
「…むいか」
日常にピントが合い始める。父親がひげを剃っていないらしいことや、母親が今日はコンタクトレンズではなく眼鏡をかけていることに気付く。
「夜ごはんは簡単な物でいいよね?」
疲れたぁ、と母親が疲労と安堵の入り混じった声を出す。
「大根の切れはしとか、冷蔵庫に入ってる」
「ちゃんとやってたみたいね、2人で」
「写真見たぞ。うまいもんじゃないか、やればできるってことだな」
母親と父親が俺を見て微笑みかけるので、つい、ぷいと横を向く。
うわ、親の目が見れない。
ちゃんと、かどうかはよくわからない。昨夜の食事はファストフードだったし、洗ったシーツはくしゃくしゃになっているだろう。
こっそりと舌で確かめる。飴玉はだいぶ小さくなっていた。
残ったのは、またねという曖昧な言葉と、それから。
うれしそうに笑いかける顔、ぶすっとした表情。指の、もうほとんど消えかけた傷。
「好き」よりも多い「嫌い」。
口の中で甘さが溶けていく。
年末年始の長い休みが、終わる。
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