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「久しぶり」
長めの前髪の下からこちらを見る。
背、もっと低くなかったっけ?
それに声だってもっと柔らかかったはず。
輪郭も。肩の線も。
「…上がっていい?」
記憶と、目の前にいる同い年の男とがかけ離れ過ぎて、うまくピントを結べない。
それなのにこいつは、まるでただ数日会わなかっただけみたいな様子で話しかけてきた。
「…買い物! 行くぞ買い物!」
それで俺は侵入を拒むかのように、玄関先に荷物だけ置かせて晃士を外に連れ出したんだった。
スーパーから家まで歩いて10分。住宅街の玄関ドアには正月飾り。車道に意外と車は少ない。きっともう皆、年末だから帰省や旅行に出ているのだろう。
大人だったら、何十年ぶりの再会だとしても近況報告とかをしつつ距離を狭めていくのだろう。曖昧な作り笑顔でもって。
俺は歩くのを止めないで振り返る。
晃士は俺の3歩ほど後ろを、飴を舐めながらゆっくり歩いている。
ビニール袋の持ち手を握り直す。
とにかく今日から数日間、やり過ごせば終わる。
晃士はひとりっ子。俺は12才年上の姉がいるもののあまり交流がなかったので、ひとりっ子同然で育った。
俺と晃士は兄弟みたい、双子みたいと言われていた。
顔かたちも体つきも、全然似ていなかったけれど。
「…お前もよくこっちに来たな。親には適当に言って、自分ちにいれば良かったのに」
大きなカバンを抱えて来た。着替えなど必要な物が入っているのだろう。
本当にこの家で生活するつもりのようだった。
「母親に鍵、取り上げられた。よっぽど信用ないみたい」
ややぶしつけに俺の家のリビングを見回しながら、晃士はそう答えた。
「ふうん。俺と同じようなもんか」
つまり相互に監視し合えってことか。
ますます気詰まりだ。
「敦司ってそんなに悪い子なの」
ずっと頭にかぶっていたフードを、ようやくよける。
細身の体にオーバーサイズの服。
「別に、普通だと思うけど。たまに帰りが遅くなって怒られたりとかはあるかな」
それより、「悪い子」という言い方が子ども扱いされているみたいでちょっとむっとする。
「そのへん座って、適当にテレビ見たりしていいぜ」
「お姉さんて、もう一緒に住んでないの」
「姉貴? 姉貴は結婚して、今はC県にいる」
親には夜間外出禁止を命じられたし、そのせいで食費以外の余計な小遣いは渡されなかった。
もちろん、昼間はどこで何をしてもいい。
とはいえ友達も帰省やらデート、アイドルの年越しイベントやらで多忙なのだった。
そういうわけで、俺は暇。
案外、晃士も予定がなかったのかもしれない。
だから、ふらっと幼なじみのところに行ってみようと思い立ったのかもしれない。
晃士はソファの端っこに座ったので、俺は反対側の端に座る。
リモコンを取って、お笑い番組にチャンネルを合わせる。この時期よく放送している、芸人がたくさん出る長時間のやつ。
観客の笑い声が、俺たちの間の気まずさと、おそらくは少しの緊張を埋める。
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