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「やっぱり食べれないんだろ」
頬づえをついて、目を細めて笑う。
うれしそうだ。勝ち誇っているようですらある。
「…食べれるっての」
むりやり飲み込むと独特の風味が口中に残る。
水、と言うと晃士は俺のタンブラーにペットボトルから水を注いでくれた。まだ、笑いながら。
「ありがとう」
それから気付く。
会ってから初めて、晃士が笑った。
ほっとする。
これから数日間、一緒に暮らすのだ。
余計なことは話さなくても、うまくやるにこしたことはない。
ある意味、どちらも親の強権発動の被害者なのだし、お互いのテリトリーに侵入しない程度に生活していければいい。
「そうだ、母親に画像送りつけとこうっと」
心証を良くしておかないと。
晃士も、俺もと言ってスマートフォンを取り出す。
「記念に」
記念って、初めてキッチンに立った記念か?
かき揚げを揚げたのが、本当に楽しかったのかもしれない。
「…お前の作ったコレ、美味いよ」
「そうか? 良かった」
「少し焦げてるけど、ちゃんと火通ってるし、料理がまるでできない奴が作ったにしては上出来だろ」
年越しそば1杯分くらいは親切にしてやってもいいかなと思う。
さっき、何で怒ってるんだよって聞かれたっけ。
何でだっけ? もう忘れた。
「…怒ってないよ」
「ほんとに?」
「怒ってない」
もう怒ってはいなかった。
ただ、まだ慣れない。
そばをすする音だけが、静かなダイニングに響く。
こんなことになると思ってもみなかった年の瀬。
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