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高橋さんのその言葉にわたしは返事はおろか間違いなく呼吸も忘れてかたまった。電話という相手の様子が見えない状況、突然おとずれた沈黙はどれくらいの時を進めただろう。
『内藤さん、聞こえてる?おーい?』
「あ、はい!聞こえてます」
遠くにいるわたしの意識に向かって呼びかけられたその声に、まるで寝坊した月曜日の朝のように飛び起きる勢いで目を覚ます。すると、制御できない焦りが体の奥からわいてきた。わわわ、どうしよう。とりあえず落ち着かなくては。深呼吸、深呼吸。
『…無理なら』
「全然行けます!大丈夫です!」
あ、しまった。高橋さんが言い終わるのを待てなかった。落ち着くよりも先につい本能が。そして、遅れてやってきたおそらく理性というものがああでもないこうでもないと言い訳を考え始める。
「外で誰かとご飯食べるのが久しぶりすぎてその、ついテンション上がっちゃって…」
『え?』
間違えた。いや、本音だから間違えてはいないんだけどそういうことじゃなくて。これはたぶん言わなくてもいいことだ、絶対。高橋さんに変に思われたらどうしよう。
電話は苦手だ。顔が見えない分、会話が途切れた瞬間に相手が何を考えているかを察することが難しいし、空気も読みづらい。特に電話をするような間柄となってまだ日の浅い高橋さんが相手となると、尚更ハードルは高く感じられた。
かといってビデオ通話もわたしには耐えられなかった。何にって自分の顔に。高橋さんの顔を見られるのはいいけど同じ画面のすみっこに映る自分の挙動不審さがどうにも気になってしまう。今だってどう取り繕うか必死になっている顔を見せるわけにはいかないのだ。わかってる、自意識過剰だってことくらい。
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