旦那様、それは殺意とどう違うのですか?

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「え……?」  首を傾げたシエナの視線の先で、サンドは暗い空気の中、見間違えでなければうっすら頬を染めていた。  それから、シエナの方へ顔を向け、真面目くさった顔で言った。 「サンドというのは通称のようなもので、正式な名前ではありません。確かに俺の個人情報は軍内部では伏せていましたが、あなたの立場で俺に少しでも興味があれば、調べることは可能であったはず。しかも、あなたはそれだけではなく結婚相手の名前すらしっかり確認していなかったみたいですけど、大丈夫ですか? 本当に目を離せない、危なっかしい上官だ……」  ぶつぶつと言うサンドを前に絶句しかけたシエナであったが、よくよく見ると耳まで赤い。その照れ隠しのように「俺がいないと」と言っている目の前の男に、断固として一言いわねば気がすまなくなり、言った。 「歯、食いしばろうか? なぁ、サンド。大丈夫ですかって私に言う前に、もう少しわかりやすく普段の会話に混ぜてくれてもよくない? 結婚だよ!? 私と、サンドの! っていうことだよね!? 高熱だなんて部下に真っ赤な嘘言わせて結婚式さぼってる場合かな? 歯を食いしばろう? 私に一発殴られてみよう? 戦場では上官の言うことは絶対だからね!」  もちろん、本気で殴るつもりはなかったが。  サンドは、眼鏡を押し上げると、にっこりと笑って言った。 「俺は『仕事で遅れる』と言って構わないって言ってあったんですけど、実際思った以上に足止めを食ってしまって、家令が気を利かせたつもりで熱だなんて言ったのかもしれません。子どもの頃、寝込みがちだった時期があるので、そのイメージで言ってしまうんですかね。そこは確認しますが、閣下がいま俺を殴りたいのであれば止めません。どうぞどうぞ、ぜひ」 「ぜひって何!?」  シエナにはもうよくわからなかったが、どうもサンドは殴られたいらしい。  意を決して馬を寄せると、拳を振りかぶった。  しかし、どうにも暴力を振るう気になどなれず、ぽす、と胸を軽く突いたのみ。サンドは素早くその手首を取って、甘く笑み崩れた。 「それではこの後、俺は刺し違えるつもりであなたを押し倒しますね。子どもは何人が良いかお聞きしても大丈夫ですか? それともここでは話せない? あとで二人のときに?」 「刺し……それは……あなたが刺す気なら私はとっくに。私はべつにあなたをどうこうするつもりはなくて」 「べつに、そういう殺意的な意味で言ったのではありませんが、あなたに俺のすべてを捧げる意味としては、そういう意味でも結構です」 「殺意的な意味ではないっていうのはつまり!?」  その問いに直接答えることなく、サンドは下心などかけらもなさそうな優美さで答えた。 「夫婦になると、閣下のまた違った面が見られて嬉しいですね」 (この男は、一体何を言っているのか)  あわあわと唇を震わせて言葉を失っているシエナをよそに、サンドは捕まえたままであった手に唇を寄せて、優しく口付ける。とろけるような眼差しでシエナを見つめ、微笑んだ。 「まだ間に合いますよ、今日を特別な一日にしましょう」
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